塩屋天体観測所の雑記帳はhttp://stelo.sblo.jp/に移転しました。
今後はこちらの旧サイトを更新しません。引き続き移転先でよろしくお願い致します。
(2015.5.22 管理人 記)

2005年05月31日

にっぽん丸

にっぽん丸
 にっぽん丸です。船の名前としては練習帆船の日本丸と同音なので、ちょっとややこしいです。
 客船のにっぽん丸も実は伝統ある名称で、現在の船は3代目。
 ・初代 1973〜1977 「あるぜんちな丸」を改称。
 ・二代 1977〜1990 「セブンシーズ号」を購入、改称。
 ・三代 1990〜現在 三菱重工神戸造船所で建造した現行の「にっぽん丸」。

 準姉妹船といえる「ふじ丸」とともに、現在の日本クルーズ船隊の先導役となった船です。ブリッジ周りのデザインが今一つかなぁ、と思っていたのですが、見慣れるとこれも悪くありません。流線型の雛壇の船首が多い最近のクルーズ客船の中では、むしろ新鮮な感じもします。
 あとは何といっても、赤い大きなファンネルがチャームポイントですね。

 総トン数21,903総トン。乗客定員408名。1990年竣工。

商船三井客船


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2005年05月30日

おーしゃんうえすと

おーしゃんうえすと オーシャン東九フェリーの"スタンダードフェリー"と名付けられた、従来型のフェリー。「おーしゃんいーすと」と姉妹船です。スタンダードフェリーに対しては全室2等寝台の"カジュアルフェリー"、「おーしゃんさうす」「おーしゃんのーす」の姉妹船があります。4隻で東京→徳島→北九州をデイリー運行しています。
 写真は2005.5.29に、徳島沖で「いーすと」から反航する「うえすと」を撮影したもの。

 総トン数11,500トン。乗船定員462名。1991年就航。

オーシャン東九フェリー
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おーしゃんいーすと

おーしゃんいーすと徳島港 東京→徳島→北九州(新門司)航路を運行するオーシャン東九フェリーの船。「おーしゃんいーすと」「おーしゃんうえすと」「おーしゃんさうす」「おーしゃんのーす」の東西南北の4隻で毎日運行しています。
 このうち「いーすと」「うえすと」と、「さうす」「のーす」のペアがそれぞれ同型船。東西ペアが従来型のフェリーで、南北ペアが船室をすべて2等寝台に統一しレストランも廃止した合理化フェリーです。列車に例えるなら、東西ペアはA寝台から座席車まで連結した食堂車付き編成、南北ペアはB寝台だけのモノクラス編成といったところです。

 偶数日の東京・北九州発着は「いーすと」「うえすと」のペアで、私は「おーしゃんいーすと」に乗船しました。19:10に東京フェリーターミナルを出航し、翌日13:30に徳島港着、北九州には翌々日の5:00到着。旅行客からすると、徳島着の時間も中途半端で、九州に行くには時間がかかりすぎ。なんとなく貨物主体の航路の雰囲気です。ただ意外といっては何ですが、船の居心地はなかなかです。続きを読む
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麦秋

水海道の麦秋 アルクトゥールスの和名「麦星」は、この星が宵の口に天高くのぼる頃、麦が収穫の時期を迎えることから来ています。オレンジ色の輝きも、黄金色の実りを連想させるのかもしれません。

 ということで、麦畑です。
 現在の住処から職場までは海と山と住宅地しかないので、耕作地とは無縁なのですが、帰省するとこんな風景がそこここに広がっています。学生の頃、麦畑を知らない友人が「ナウシカ状態」と表現していましたが、言われてみればそんな感じもする金色の野です。

 ところでアルクトゥールス、麦星と共に、酔っぱらって赤くなった「ビール星」というのが観望会での大人向けのギャグです。私はお酒、全くダメなんですけどね。
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2005年05月29日

東京→神戸をなるべく船で旅行する

東京・神戸船舶ルート 東京から神戸まで、なるべく陸上ルートを使わずに帰ってみようと思いました。
 神戸港は日本有数の貿易港でありながら、関東方面への旅客航路は開設されていません。というか、阪神地区→関東間の旅客航路自体が存在しません。このルートは日本の大動脈ですから、新幹線も高速バスも飛行機もあります。船にとって致命的なのは、紀伊半島という大突起を大回りしないといけないことで、距離的に大損してしまいます。例えば阪神→九州間も、新幹線から飛行機まで多様な交通機関がありますが、瀬戸内海というほぼ最短ルートの航路を使えることもあり、船も一定の輸送力を保持しています。

 さて直行便がなければ、乗継ルートを考えることになります。関東発着の航路で関西近辺に到着するのはオーシャン東九フェリーの東京→徳島→北九州航路の徳島港、マリンエクスプレスの川崎→那智勝浦→宮崎航路(2005年6月中旬休止予定)の那智勝浦港くらいです。
 神戸までの距離を考えると、現実的なのは徳島港。徳島からは淡路島経由の高速バスで神戸まで一直線です。ただ、それでは芸がありません。調べてみると徳島→和歌山には南海フェリーが就航しています。そのまま南海電車に乗り継いで大阪に出れば、天保山→神戸中突堤のびっぐあーすで神戸に戻れます。

 これで全行程の9割以上を海上で行くルートができました。
 2005年5月28日・29日にかけて、このルートを試してみました。おいおいレポートを書いていきます。続きを読む
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2005年05月24日

「風が運んだ救援隊」北川幸三

 震災の写真集はたくさんあるのですが、ボランティアという切り口で取り組んだものは意外にも少ない、というか他には知りません。

 全国から駆けつけた人。神戸の街中の人。若者、子ども、ご年輩の方。救援活動の拠点となったそれぞれの場所の風景。モノクロームの写真に刻まれたあの頃の時間と、心の奥底に少しだけ感じる痛み、そしてぬくもり。

 風は通り過ぎてしまうけれども、風の運んだ思いは、ふとした瞬間によみがえり、あの頃感じた大切なことを思い出させてくれます。そして、ぼちぼち前向いてやっていこう、少しだけかもしれないけれど、前向きに、そう思い直します。

 手元にある神戸の本で、たぶん最後まで手放さない本の一つです。
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2005年05月23日

五月の風

 すっかり忘れていましたが、私が初めて神戸の地を踏んだのは5月のことでした。
 そしてその後、改めて神戸に居を移したのも、5月のことです。

 この季節に吹く風は、私を神戸に迎えてくれた風と、同じ肌触りのする風です。
 毎年この時期は仕事が忙しいので、ついついそんなことは忘れてしまうのですが。
posted by ふくだ at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 神戸のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

貨物船座礁事故

貨物船座礁
 のんびり自転車で舞子公園内を走っていた昨日、明石海峡大橋のすぐ西側に、海上保安庁の巡視船と兵庫県警の警備艇が出ていました。たまたま偶然いたのかと思ったのですが、どうやら行きつ戻りつ、パトロールをしている様子。ふと海岸側を見ると、砂浜のすぐ側に貨物船とタグボート。工事でもしているのかなと思ったのですが、それにしては様子が変。なんだろ、と思っていました。

 で、今日になって神戸新聞のサイトを見ていたら、これです。
 明石海峡で貨物船座礁 居眠りが原因?(2005.5.21)

 じ、事故でしたか。私が見たのは、救出作業だったわけです。
 原因が確定したわけではないのですが、記事によると船長が居眠りをしていたのだとか。明石海峡を東に行く船は淡路島側を通る決まりになっているので、「反対車線」を突っ切って舞子海岸に座礁した可能性が高いです。大きな事故にならなかったのが幸いです。
posted by ふくだ at 10:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 神戸のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月21日

舞子砲台(神戸市垂水区)

舞子砲台跡 午後から明石までサイクリング。このコースを行くときは途中でいつも舞子公園に寄ります。
 舞子公園の西側に、舞子砲台跡があります。以前はマクドナルドが建っていましたが、取り壊されて小さな公園に整備されています。石造りのオモチャのような大砲がモニュメントとして置かれていますが、これだけではこの遺跡のすばらしさが分かりません。
 海側に降りると、下半分をコンクリートで固められた石垣が、屏風のように折れて続いているのが分かります。実はこれが江戸時代末に勝海舟の設計で築かれた砲台の石垣なのです。

 幕末に築かれた砲台では、兵庫区の三菱重工敷地にある和田岬砲台が有名です。神戸市内には旧湊川の河口にも砲台がありましたが(現在の川重の敷地)これは消滅。阪神間に目を移すと、西宮砲台が現存しています。

 で、あまり知られていないのが舞子砲台です。以前から石碑は建っていたのですが、まさか足元の石垣がそれとは何年間も気付きませんでした。実は海側に回ってよくよく見ると、しっかり稜堡になっています。
 東半分は埋め立てられて駐車場になってしまっているので(泣)、現存しているのは西半分だけなのですが、幕末の洋式城郭遺構として貴重なものです。

 この舞子砲台については素晴らしい解説のサイトがあります。幕末城郭台場考内の舞子砲台のページ。これだけまとめて頂けると、城好きには感涙ものです。

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posted by ふくだ at 23:45 | TrackBack(0) | お城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月20日

北野のお庭

北野のお庭
 北野坂を登ったところに、こんな素敵なお庭があります。ふだんの私には縁のない場所ですが、職場の関わる行事があって、写真係で行ってきました。それにしても、今日ほど一眼デジを欲しいと真摯に思ったことはありません。買えませんけど……
posted by ふくだ at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 神戸のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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