博物館・美術館・科学館などでは、写真撮影に規制をかけていることが多々あります。もちろん理由のあることです。
1. 展示物保護のため
(1)フラッシュ禁止
歴史資料や美術作品は、光や熱で劣化することがあります。日本の場合は素材が紙や木や布だったりするので特に深刻です。また絵の具なども熱や光で劣化して退色していきます。ということで、フラッシュ撮影は原則、禁止されることがほとんどです。フラッシュに使われるキセノンランプは、可視光の他に紫外線や赤外線も放ちます。一瞬の光でも、回数が積み重なれば影響は無視できません。将来に文化遺産を伝えるのも館の使命です。
それから動物園のフラッシュ撮影もダメです。動物がびっくりします。
(2)三脚禁止
フラッシュと並んで禁止されるのが三脚です。持ち運び時に展示品を傷つける危険があるとか、実際問題、他の人の邪魔になるということでしょう。
展示品の保護ということでは、館内でメモを取るのに、鉛筆はOKだけど万年筆は禁止というところもあるようです。万が一、インクが飛び散って展示物を汚損するのを防ぐためです。
ということで、逆に、フラッシュ・三脚を使わなければ撮影可という館もあります(海外ではそういう例が多いと聞きます)。しかし、最近のカメラは設定次第で自動的にフラッシュを焚く機能がついています。故意ではないにせよ、展示物に悪影響を与えてしまう結果になりますので、一律、撮影禁止として対処する館もあります。
2. 著作権の保護のため
比較的最近の作品は著作権の問題があります。著作者の死後70年までは著作権の保護期間です。著作権は著作者のもので、所有者や展示者のものではありません。むしろ展示者は著作権を保護するよう務めなければいけません。キャラクターの場合は意匠権も絡んでくることがあります。
作品の撮影をすることが即、著作権の侵害につながるわけではないのですが、展示者としてはトラブルの未然防止という側面から、制限を加える場合もあるかと思います。
3. 契約上の理由
1.と2.の両方が絡んできますが、借り物の品物を展示している場合は、写真撮影を許可しない条件で展示物の賃貸契約を結んでいることがあります。この場合は当然、展示者側は撮影禁止の措置をとります。
そんなこんなが重なっての撮影禁止です。
近所だと、神戸市立博物館は全館撮影禁止。資料保護の意味もあるでしょうし、企画展示が頻繁に開催される館ですので、契約上撮影が不可の展示物も多いのでしょう。
神戸市立青少年科学館は、これまで何度か館の方に訊ねてみた範囲では、撮影を制限されたことはありません(もちろんプラネタリウムの投影中はダメです)。明石の天文科学館も同様です。
王子動物園は、屋内の「スケッチ」が禁止です。理由を聞いたことはないのですが、けっこう珍しい例です。
おおよその傾向として、美術館や人文系の博物館は撮影に制限があることが多く、科学館は制限が少ないことが多いです。とはいっても特別展を開催している最中などは事情が変わってきますので、よく分からない場合は、館の方に聞くのが一番です。
撮影が許可されている場合でも、マナーは守りたいですね。展示物を守るということ以外でも、あんまり写真を撮るのに夢中になってしまうと、場の雰囲気を壊してしまうこともあります。
私もあちこちで写真を撮りますので、気を付けないといけません。
2006年06月30日
2006年06月26日
懐かしのオーストラリア
2002年12月に皆既日食を見に行きました。人生唯一の私用海外遠征です。GoogleMapで当時の訪問地の大部分が高解像度の衛星画像で公開されているので、あとをたどります。
・南十字星を最初に見た場所
明石と西はりまの友の会で合同のツアーを組んだのですが、とにかく安くあげるのが第一と、宿はケチりました。他のツアーが軒並み豪勢なホテルなのに、こっちはモーテルです。もっとも日本のビジネスホテルより、部屋もゆったりしていて飯も豪勢なので、必要十分でした。
アデレードで最初に泊まった場所で生まれて初めて南十字星を見ました。その思い出の場所なのですが……建物が壊されて更地になってます。壁だけ残っているのが私の泊まった棟です。ありゃりゃ。
・日食観測地
海岸沿いのCeduna(セデューナ)という街です。人口3,000人。アデレードからバスで片道10時間。休憩含めると12時間です。たぶん二度と行くことはないでしょう。
砂浜の東に南北に崖が走っていますが、この崖の上が日食観測地です。芝生の敷地と砂地のエリアがありますが、砂地側が私たちに割り当てられた場所でした。当日は強い西風で、砂塵に悩まされました。
・宿営地
人口3,000人の街に世界中から物好きが集まってきたのですが、当然、収容できる宿泊施設がありません。私たちはこの芝生のグラウンドに建てられたテント村で2泊しました。オレンジ色の屋根はクラブハウス。日食終了後の夜は、国籍不問の大宴会でした。
・東経135度通過地
画面の中央を東経135度線が縦断しています。目では見えません(^_^;
中央のハイウェイを往復したのですが、行きがけにここで停車して記念撮影しました。GPS端末を持っていた方がいらしたので、数字を読み上げてもらい、みんなでカウントダウンしたのです。バスの運転手が「こんな何にもないところで、なんで日本人は盛り上がっているのだ!?」と不思議がっていました。
・シドニー天文台
みんなが自由時間にアワビのしゃぶしゃぶを食べに行く中、2人だけ別行動でシドニー天文台を訪問しました。タイムボールで港の船に時刻を報せていましたのはグリニッジと一緒です。現在は観測業務は行っておらず、博物館になっています。あやしげな英語を操って、観望会に混ぜてもらいました。
パークス電波望遠鏡は、いまだ高解像度にならず。残念。
・南十字星を最初に見た場所
明石と西はりまの友の会で合同のツアーを組んだのですが、とにかく安くあげるのが第一と、宿はケチりました。他のツアーが軒並み豪勢なホテルなのに、こっちはモーテルです。もっとも日本のビジネスホテルより、部屋もゆったりしていて飯も豪勢なので、必要十分でした。
アデレードで最初に泊まった場所で生まれて初めて南十字星を見ました。その思い出の場所なのですが……建物が壊されて更地になってます。壁だけ残っているのが私の泊まった棟です。ありゃりゃ。
・日食観測地
海岸沿いのCeduna(セデューナ)という街です。人口3,000人。アデレードからバスで片道10時間。休憩含めると12時間です。たぶん二度と行くことはないでしょう。
砂浜の東に南北に崖が走っていますが、この崖の上が日食観測地です。芝生の敷地と砂地のエリアがありますが、砂地側が私たちに割り当てられた場所でした。当日は強い西風で、砂塵に悩まされました。
・宿営地
人口3,000人の街に世界中から物好きが集まってきたのですが、当然、収容できる宿泊施設がありません。私たちはこの芝生のグラウンドに建てられたテント村で2泊しました。オレンジ色の屋根はクラブハウス。日食終了後の夜は、国籍不問の大宴会でした。
・東経135度通過地
画面の中央を東経135度線が縦断しています。目では見えません(^_^;
中央のハイウェイを往復したのですが、行きがけにここで停車して記念撮影しました。GPS端末を持っていた方がいらしたので、数字を読み上げてもらい、みんなでカウントダウンしたのです。バスの運転手が「こんな何にもないところで、なんで日本人は盛り上がっているのだ!?」と不思議がっていました。
・シドニー天文台
みんなが自由時間にアワビのしゃぶしゃぶを食べに行く中、2人だけ別行動でシドニー天文台を訪問しました。タイムボールで港の船に時刻を報せていましたのはグリニッジと一緒です。現在は観測業務は行っておらず、博物館になっています。あやしげな英語を操って、観望会に混ぜてもらいました。
パークス電波望遠鏡は、いまだ高解像度にならず。残念。
2006年06月25日
観望会
24日は天文科学館の観望会。
でもなぁ、土曜日なのに仕事。いや、仕事だけなら終わってから行けば間に合ったのですが、飲み会。お酒受け付けない体なので、いつもウーロン茶だけ飲み放題なのです。17時半に飲み始めて、21時半終了。帰りに木星が輝いてました。
でもなぁ、土曜日なのに仕事。いや、仕事だけなら終わってから行けば間に合ったのですが、飲み会。お酒受け付けない体なので、いつもウーロン茶だけ飲み放題なのです。17時半に飲み始めて、21時半終了。帰りに木星が輝いてました。
2006年06月19日
メッサーシュミットMe163コメートのエンジン
メッサーシュミットMe163は第二次大戦中にドイツが開発したロケット戦闘機です。
最大速度960km/h、高度10,000mまでの上昇がたったの3分という、当時ぶっちぎりの性能を誇りました。でもすごかったのはそれだけで、エンジンを噴かせるのはたったの7分30秒。戦闘可能時間は5分もないわけで、当然ながらほとんど戦果も挙がっていません。燃料も過酸化水素水とメタノールとヒドラジンという毒性の強そうなもの。事故も多かったそうです。
とはいえ、世界初の実用ロケット飛行機ということで、名前だけは知られています。
このエンジンも大阪の交通科学博物館に置いてあります。場所はX-1エンジンの隣。館内では地味な存在です(写真は横倒しにしてますが、実際は縦置き)。
それにしても、なんでこんなものが大阪にあるのでしょうね。
続きを読む
2006年06月18日
ベルX-1のエンジン
ベルX-1は人類史上初めて音速を突破した飛行機です。
パイロットのチャック・イェーガーともども、名前の知られた飛行機です。
このエンジンが大阪の交通科学博物館に置いてあります。
交通科学博物館はJR大阪環状線の弁天橋駅に併設されていて、ちょうど旧交通博物館の関西版みたいな雰囲気です。展示物も鉄道がメイン。なので子どもたちがいっぱい。わざわざロケットエンジンを見に行く輩なんて超マイノリティーに違いありません。
ほんとにひっそり置いてありました(写真は横倒しにしてますが、実際は縦置き)。
エンジンの型から調べたら、あとから追加発注されたX-1Aに搭載されていたもののようです。最高速度記録はマッハ2.44。やはりパイロットはチャック・イェーガー。
しかし、なんでこんなものが大阪にあるのでしょう?
2006年06月16日
2006年06月14日
2006年06月12日
明石公園に登場
我らがシゴセンジャー、天文科学館を飛び出して、明石公園に出現です。
時の記念日の前後は「時のウィーク」と称して、明石市内各地でイベントをやっているのですが、2006年のメインは6月11日の日曜日。明石公園は出店が出たりなんだりで、大変な賑わいです。
で、そのメインステージ。ステージといっても芝生広場なのですが、そこにブラック星博士、登場です。大怪盗よろしく、天文科学館の大時計を盗んでまいりました。しかも時間をめちゃくちゃにするのが彼の目的。すでに時計の針は有り得ない方向を向いています。
それにしても、この大観衆です。これで全体の1/3。シゴセンジャーのテーマソングが流れると、子どもたちが駆け寄ってきてました。想像以上に認知度が高いみたいです。
この後はシゴセンジャーがやってきて、恒例のクイズ合戦となるわけですが、しっかり時刻と子午線ネタを織り込んで、天文知識の普及も忘れません。30分も「ショー」をやってのけるとは、本職の戦隊ヒーロー顔負けです。
私が驚いたのは、前の日発売されたばかりのペーパークラフト、組み上げて会場に持ってきてたお子さんがいたんですよね。熱心なファンがいるのです。
詳しいレポートを追加しました(6.13追記)、
2006年06月11日
一億円金塊
淡路島は淡路市(旧津名町)からやってきた一億円金塊です。明石の「時のウィーク」イベントに出張展示されていました。もともとは竹下内閣の「ふるさと創生」でばらまかれた一億円ですが、下手な建築物やモニュメントにせず、金塊にしてしまったのはまだしもアイデアでした。当時、関東でもニュースに取り上げられていましたし、10年以上を経た今でも話題づくりにこと欠きません。
こうしてナマモノで姿を見せられると、なんだか迫力があるものです。
ちなみに重さは60kg。おさわりもOKでしたが、もちろん周りに警備員がいるので、持ち逃げは難しそうです。なりは小さくとも、60kgといえば大人一人分の重さです。金の密度が大きいのが実感できます。
2006年06月10日
子午線通過証
そして今年はこれ。なんと卓上プラネタリウムの組立キット。切り抜いて組み立てるとプラネタリウムの出来上がり(電球・電池別売)。台紙のケースも箱形の台座に組み上がる凝った趣向になっています。台紙の裏も全面黒ベタになっていて、遮光対策も行き届いています……ただし、星の穴は自分で開けないといけません。
明石駅のコンコースで配っているのですが、13時過ぎに着いた時点で既に品切れ。そのまま天文科学館(ここも配布場所)へ行ったのですが配っていた形跡がないほどきれいさっぱり品切れ。そのあと淡路行きの船着き場に行きましたが、ここにも見あたりません。明石の地理に詳しい方なら分かると思いますが、けっこう歩き回って収穫無し。
うーん、何年か前に日曜と重なったときは、駅でも天文科学館でも、大盤振る舞いに配っていた記憶があるのですが、今回は出足が遅かったか。
と、思っていたら、魚の棚で見つけました。なにゆえ鮮魚の商店街に!?
名古屋市科学館が最近売り出したのはツァイス投影機のポストカードですが、天文科学館はこれですか。うーむむむっ。一瞬ポカンとしてしまいましたが、良くできています。ていうか、ポーズも決まってなかなか格好いい仕上がり具合。しかも神戸新聞に載ってますし。
ますます大胆不敵、向かうところ敵なしのシゴセンジャーです。
地球深部探査船ちきゅう
海洋研究開発機構の地球深部調査船「ちきゅう」です。地球に穴を開けるためだけに建造された船で、見るからにごつい船体と何よりも馬鹿でかいやぐらが特徴。やぐらの高さは、海面から121mあります。アポロを月へ飛ばしたサターンVロケットの高さが110mですから、その発射台が海の上を動いていくようなものです。って、偏った例えですね。大阪の通天閣の高さが103mなので、あれより一回り大きな鉄塔が海上に突き出ているようなものです。
もちろん、この船がくぐれる橋は存在しません。関門海峡は抜けられないし、本四架橋の間の瀬戸内海にも入れません。スエズ運河にも橋桁高70mの橋が架かっているので、通行不可。幅も38mありますので、パナマ運河(通過可能幅32.3m)も通行不可。
何が目的かって、とにかく水深4000mの海底に深さ7000mの穴を開けるのが目的です。船上構造物の8割は穴開けのための設備と資材で、残りに研究棟と居住区が押し込まれています。もっとも研究棟も立派なもので、顕微鏡は全部ツァイス製でした(そういう問題ではない)。
立派な解説サイトがあるので、ご紹介しておきます。11日も神戸港で公開予定。当日受付あり。17日・18日は大阪港で公開予定。こちらも当日OK。詳しくは同サイト参照。見に行かれる方は予習をしておくといいと思います。
・地球発見
2006年06月08日
星座をさがそ
三宮に出たついでに携帯屋さんを覗いたら、ありました。V904SH。お目当ては「星座をさがそ」。GPSとモーションコントロールセンサーを利用したプラネタリウムソフトです。
携帯を向けた方向の星空をディスプレイに映し出す、簡単明快な目的。
現在地はGPSで割り出すとして、モーションコントロールセンサーって何を利用しているのかと思ったら、どうやら地磁気を利用して向きや傾きを検出しているらしいのです。
ということで、建物内での動作は無茶苦茶でした。でも、携帯を振り回すとディスプレイの星図もとりあえずは追従して動いてくれるので、なんだか面白かったです。
空の広い場所で、試してみたいなぁ。残念ながら、昨夏に端末を代えたばかりなので、当分機種変更の予定はないのですが。
2006年06月07日
五色塚古墳
五色塚古墳は全長192mの前方後円墳。兵庫県下最大の巨大古墳で、全国でも39位です。39位というと大したことなさそうですが、日本の巨大古墳のほとんどは大阪・奈良に集中していて、これらの多くは天皇家と直接結びつきのある人たちのお墓だと思われます。大阪・奈良を除くと、五色塚より大きな古墳は岡山に2つと群馬・京都に1つずつしかありません。つまり相当優勢な勢力を持っていた地方豪族が、垂水の界隈に根を張っていたわけです。古墳が築造されたのは4世紀後半から5世紀初めといわれています。西暦だと300〜400年代。邪馬台国の卑弥呼からおよそ200年あとの出来事です。明石海峡を見下ろす大地の上にあることから、このあたりの海上交通を約した人物の墓ではないかと言われていますが、詳しいことは分かっていません。実は石棺の調査は行われていないのです(どうせ盗掘されているでしょうけど)。
古墳は3段に築かれていますが、全部が盛り土ではなく、1段目はもとの地面を削って整形したことが分かっています。おそらく海に向かって伸びた尾根を利用して古墳にしたのでしょう。空堀になっている部分の土を掻き上げて、小山を整形したのだと思います。
現在、古墳の東北西の3方を道路が囲んでいますが、以前はこの道路部分も堀だったようで、2006年5月に道路部分も国指定史跡に追加指定されています。
五色塚古墳が有名なのは、古墳表面に葺き石を並べる復元整備が行われたおかげです。古墳というと、うっそうと森が茂ったイメージがありますが、あれは後世生い茂ってしまったもので(何せつくってから1500年は経ってます)、築造当時は石で盛り山を覆い固めていました。
五色塚古墳も以前はこんもりとした森だったのですが、1965年から1975年まで、10年の歳月と2億5,000万円の費用をかけて復元工事が行われました。このおかげで、中学高校の歴史の資料集には、たいてい五色塚古墳が写真付きで紹介されています。関東育ちの私も、中学の頃からこの古墳の存在を知っていました。
もちろん放っておくと、いずれまた、森に還ってしまうことは確実です。写真でも葺き石部分に草がぼうぼうと伸びている様子が写っていますが、この時も管理事務所のおじさんが炎天下で草刈りを続けていました。墓守も楽な仕事ではありません。




