2007年01月31日

萩原城(神戸市北区)

萩原城跡 もはや写真を見てもただの藪にしか見えないのですが、よ〜く見ると奥の森の中に、堀切があります。分かるかな、分かんねぇだろうな〜(古い)。

 堀切の左手(北側)の丘の周囲を土塁が取り巻いていて、ここが萩原城の本丸跡。整備らしい整備はほとんど行われておらず、本丸跡中央のお墓の脇に朽ち果てた案内板が立てかけてあるだけです。土塁も空堀も藪に覆われ、中には棘のある灌木まで混じり、難攻不落の様相を呈しています。

 これくらい荒れていた方が、遺構探しにメラメラと気合いが入るのですが、せっかくの城郭遺構ですから、せめて案内板の一枚くらい、新調してあげたいものです。

 政令指定都市の神戸市は中世城郭とは縁のない場所だと思っていたのですが、あるところにはあるものです。

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2007年01月30日

淡河城(神戸市北区)

淡河城跡 「淡河」と書いて「おうご」と読みます。神戸に来た当初、読み方が分からず「あわかわ」だと思っていました。

 集落の南の段丘上に淡河城跡があり、現在は本丸を取り巻く土塁と、段丘を区画する堀が残っています。草刈りや藪刈りは地元の有志の方がやっておられるとか。本丸跡にある小屋には淡河城に関する説明パネルなどが置いてあり、訪問者にはありがたい限りです。二階櫓を建ててしまったのは、ちょっと勇み足の感もありますが(苦笑)。

 洪積台地を空堀で区画した関東平野の城郭と似た造りですが、縄張りの巧緻さや防御設備の工夫は、関東ほど複雑ではありません。段丘とはいえ、関東の洪積台地よりは高低差があるので、人の手を加えずとも自然地形で十分な防御力を得られたのかもしれません。

 淡河城は三木合戦の折りに攻防戦が行われ、城主の淡河定範が三国志演義ばりの奇策で羽柴秀長を破っています。のち城は放棄され、元和の一国一城令で廃城となりました。

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2007年01月29日

端谷城(神戸市西区)

端谷城跡 「城」というと姫路城や明石城のような、石垣の上に白壁の建物が建ち並んでいる姿を思い浮かべる方が多いと思います。
 しかし、もともとは地面に堀や土塁を築いて敵の攻撃を防ぐ防御施設を指す言葉で、建物はむしろ二次的なものでした。「城」という字を分解すると、「土」から「成」ると読めますが、それが城の本質です。

 姫路や明石のような石垣白壁の城郭が築かれるのは、おおむね安土桃山から江戸時代初期にかけてのころで、それ以前の戦国時代は土塁・空堀の城郭が中心でした。戦国時代末期に羽柴秀吉と1年10ヶ月にわたる攻防戦を演じた三木城がそうですし、今回まわった西区の端谷城もそうした「土の城」です。

 現在は万福寺というお寺になっていますが、その寺のある尾根一帯が端谷城跡です。本堂のある場所が「三の丸」で、ここだけ見たら何が城跡かと思うのですが、その背後に土塁がそびえ立ち、二の丸との間に巨大な空堀が穿たれています。保存状態の良さに興奮します。二の丸の塁壁は人工的に加工した絶壁になっていて、敵を寄せ付けません。城の規模に比べて過剰ともいえる防御ラインは、秀吉軍の侵攻に備えたものだったのでしょうか。

 そしてその二の丸に登れば、はるか播磨灘を臨む眺望が得られます。
 最高所の本丸の背後は、尾根を断ち切る大堀切。思わず回り込んで散歩(!?)してしまいましたが、竹藪と大激闘する羽目になりました。藪の枯れる冬は城跡巡りのシーズンなのですが、竹藪だけはあなどれません。いや〜DAIさんごめんなさい(^_^ゞ

 端谷城はほとんど山城といってよい城で、遺稿の保存状態もよく、政令指定都市のニュータウンのそばに、よくこれだけの中世城郭が残っていたものだと感心します。
 数年前に発掘調査が行われたのですが、その後は地元の方の手による案内板が各所に建てられ、整備もまずまず行き届いています。

 ということで、中世城郭ファン必見の端谷城跡でした。

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2007年01月27日

パールブライト2

パールブライト2 こちらも先日乗船した洲本パールラインパールブライト2
 2007年3月末に航路休止予定なので、関空航路でこの勇姿を見ることが出来るのもあとわずか。

・「洲本パールラインが航路休止届 3月末で廃止」(神戸新聞2007.1.16)

 総トン数73トン。全長26.5m。幅6.2m。乗客定員120名。2001年就航。

洲本パールライン
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Yahoo!古地図で天文・測量史跡探し

 1月25日から3月15日まで、期間限定のサービスだそうです。
  http://map.yahoo.co.jp/kochizu/

 さっそく捜索開始。そして発見したもの。

(江戸)天文屋敷→伊能忠敬の小説などを読んでいると出てくる浅草の天文台です。
(明治)帝國天文臺→国立天文台の前身。日本経緯度原点の場所です。
(明治)陸軍参謀本部陸地測量部→国土地理院の前身。日本水準原点があるのがこの敷地。
(明治)中央気象臺→大胆な場所につくったものです(^_^;
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2007年01月25日

フェリーせんしゅう

フェリーせんしゅう 南海淡路フェリーの「フェリーせんしゅう」。先日の大阪湾周遊では3度もすれ違ったのですが、結局一度も乗る機会がありませんでした。

 南海淡路フェリーのサイトによると「淡路島発着フェリー最速の名を手にした」船だということですが、淡路島発着フェリーは、他に明石-岩屋のたこフェリーしか残っていないのです(^_^;

 総トン数2,089トン。全長85m。幅14.5m。乗客定員228名。1998年就航。

南海淡路ライン
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2007年01月24日

フェリーさざん

フェリーさざん(津名港) 2007年1月いっぱいで淡路航路から姿を消す、南海淡路フェリーの「フェリーさざん」です。ざの濁点が星印なのが可愛らしいです。
 まだ十分、現役に足る船ですので、どこかの航路で第二の人生を歩んでほしいものです。

・「国交省に休止届提出 南海淡路ライン」(2006.12.22神戸新聞)

 総トン数1,505トン。全長69.7m。幅14.0m。乗客定員232名。1991年就航。

南海淡路ライン
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2007年01月23日

センター試験に挑戦

国語  140/200
英語  131/200
英語L  30/ 50(L=リスニング)
数学IA  24/100
日本史  73/100
地学   77/100
 新聞やWebサイトに問題が掲載されていたので、挑戦してみました。100点満点換算だと平均63.3点。
 数学は、2次方程式など出てきてもさっぱり分かりません。途中で解くのを放棄しました。英語は長文問題は分かるのですが、英作文(?)が壊滅的。リスニングは練習していないと難しそうです。地学は天文分野だけは満点でしたが、他は各問まんべんなく取りこぼし。日本史は中近世は強いのですが、古代と近代史が弱いです。国語はこんなものでしょうか。
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2007年01月22日

六甲有馬ロープウェー裏六甲線

六甲有馬ロープウェー裏六甲線 それでもって、こちらは現役の裏六甲線。見た目はこちらの方が年季が入っている雰囲気が漂っています。
 このゴンドラの最大乗車人員は61名! 本当に入るのでしょうか。

 ゴンドラの中に鉄のバラストがたくさん積んであったので、何かと訊ねたら、重石を入れておかないと風で揺れてしまうのだそうです。さすが六甲山。六甲おろしの本場だけあります。いや、裏六甲だからまだ六甲おろしになる前の風なのかな。
 (2007.1.8撮影)
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六甲有馬ロープウェー表六甲線

六甲有馬ロープウェー表六甲線 2004年12月に休止されましたが、ゴンドラはそのまま残っていました。2年間動いていないとは思えぬ姿。
 (2007.1.8撮影)
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135度的勘違い

 ぜったい明石の記事だと思って開いた毎日新聞のページ。
 https://form.mainichi-msn.co.jp/mai/tokusyu/santaku/form.html

 ロゴだけ見たら、子午線のことだと思うじゃないですか!
posted by ふくだ at 21:29 | TrackBack(0) | 日本標準時子午線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月21日

スターウォッチング

 環境省のやってるやつです。
 明石市立天文科学館で開催された観察会に参加してきました。

 「今回初めて参加される人、手を挙げてください」という呼びかけで手を挙げたら、周りの方に驚かれました。だって、初めてだったんですもん。正確には2006年夏に、渋谷の桜が丘で参加したことがあるのですが、これは飛び入りでしたし、実際に明石では初めてなのです。

 以前は会場が明石市役所だったので、「これは明石市民向けの行事だな」と遠慮(!?)していたのですが、昨日の天体観望会で館に寄ったときに今回の案内のチラシを頂いて、思わずその場で申し込みしてしまいました(そして時間を間違えて遅刻した……)。

 で、結局、曇って星は見えなかったのですけどね。
 あとでレポートをあげるつもりです。
posted by ふくだ at 21:58 | TrackBack(0) | 明石市立天文科学館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月16日

大阪湾周遊(神戸-関空ベイシャトル編)

 大阪湾周遊(洲本パールライン編)からの続きです。

 おなかが空いたので、関空旅客ターミナルで腹ごしらえ。1,000円以内でたらふく食べられるお店もあるので、まずまずといったところ。お店を見て回りますが、荷物を増やすと大変なので、ひたすら自制します。

 1時間ほどを過ごしたところで、いよいよ神戸へ旅立ちます。
 が、なんと、神戸行きの高速船のカウンターの場所が分かりません。

 「バス」「鉄道」の看板はたくさんあれど、「船」の表示はとても少ないのです。ずいぶん探してラチが明かなかったので、ついにインフォメーションカウンターのお姉さんに訊ねてしまいました。

海上アクセスカウンターベイシャトルチケット

 結局、4F建てのターミナルビルの1F北端に神戸-関空ベイシャトルのカウンターがありました。先ほど乗ってきた洲本パールラインのカウンターも一緒。
 2Fと1Fの南半分は自力で探したのですが、詰めが甘かったようです。それにしても、控えめな場所にあります。

 カウンターの女性に「神戸空港まで、片道お願いします」と言うと、
 にこやかに「では、1,500円になります」と、発券準備をしてくれます。
 で、そこで思い出したのがポートライナーとのセット券。三宮までのポートライナーの料金込みでたしか1,600円なのです。

 「あ、すいません、ポートライナーのセット券ありますよね。そちらでお願いできますか?」と訊ねると、「ただいま、こちらのチケットはキャンペーンを行っていまして……1,380円になっております」とのこと。

 ポートライナーとセットなのに、船だけの運賃より安い(汗)。
 しかもその「キャンペーン」の案内が、カウンターにもホームページにも出ていません。こちらとしては安く上がってありがたいのですが、商売気があるのやら、ないのやら。

 「今からですと、(午後)5:15の便になりますが、よろしいですか……はい。そうしましたら、連絡バスが5:04に出発しますので、5時頃になりましたら表に出て右側の12番のバス停でお待ちください」
 案内は親切で、好感が持てます。

連絡バス関空の日没

 時間通りにバス停に行くと、そこには10人ほどの列。きっと、私の乗る便の同乗者なのでしょう。日没を見ながら、バスは関空ポートターミナルへ。
 関空のポートターミナルは、空港島上陸時も、乗船時も、連絡バスで旅客ターミナル直結だったので一度も足を踏み入れませんでした。チケット扱いもしていないようですし、謎の建物です。

ベイシャトル「うみ」「うみ」船内

 桟橋では神戸-関空ベイシャトルの「うみ」が待ちかまえていました。形も大きさもパールラインの「パールブライト2」にそっくりです。新造船で就航1年も経っていないだけあって、内外装はピカピカ。
 船内の段差はなく、車イススペースやらトイレやら、バリアフリー対応になっているが現代風です。

 結局15人ほどになった乗客を飲み込んで、定刻通り、17:15関空発。

 船の前部の液晶テレビでは、神戸の観光案内を流しています。気持ちは分からなくもないのですが、客層はどうみても、神戸観光ではなく、神戸へ帰る人たちです。まぁいいか。

 かつては川重のジェットフォイルがかっとばした航路ですが、現在の高速船はスピードの点ではジェットフォイルに及びません。それでも手持ちの携帯GPSを見ていたら、56〜57km/hを維持していましたので、だいたい30.5ノット/時で巡航していることになります。なかなかの韋駄天ぶりですが、船内はバス程度の揺れと静かさで、シートもきれいで快適です。120人乗りの船に乗客約15人で、船内はゆったりです(……喜んでいる場合じゃない)。

トワイライト関空GPSでは57km/h

 関空港を出るときに日没でしたから、航行中に薄明が終わり、窓の外の景色は夜景に変わりました。航行時間は30分弱ですから、気がついたら神戸空港島がすぐ間近に見えています。灯のともった連絡橋をくぐると、すぐに神戸空港海上アクセスターミナル。

 桟橋におりると目の前に連絡バスが待ちかまえていて、すぐに神戸空港の旅客ターミナルまで運んでくれました。ここまでの乗り継ぎはスムーズで、係員も親切で、好感が持てる航路です。お客さんが少ないのがもったいないくらい。
 とはいえ、三宮に出るまでには、さらにポートライナーの乗り継ぎが待っているので、荷物を持っていると不便なのは致し方のないところ。
 それを承知の上で航路を開設したのですから、経営者の甘えが許されるわけではありません。

神戸空港側連絡バスそして神戸空港

 17:50頃、神戸空港旅客ターミナル着。
 実は私、今回が神戸空港初訪問。空港島への初上陸が海からという神戸市民も、珍しいかもしれません。

 こうして9時間30分に及ぶ大阪湾周遊の旅はおしまい。
 文中でも触れましたが、南海淡路ラインは2007年1月末、洲本パールラインは2007年3月末での航路休止が決まっています。淡路ジェノバラインも廃業した明淡高速船の航路を引き継いだもので、こうして見ると淡路島を取り巻く航路はことごとく厳しい状況にさらされています。

 明石海峡大橋の開通からまもなく9年。大阪湾を漂う船旅を楽しめるのも、あとわずかな期間です。

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2007年01月15日

大阪湾周遊(洲本パールライン編)

 大阪湾周遊(南海淡路ライン編)からの続きです。

 洲本行きの路線バスでウトウト寝ていた私。
 気が付くと、バスはいつの間にか、洲本市街に入っていたようです。時計を見るとすでに14:30。あれ、終点に着いてるはずの時間では!?

 実は洲本での乗り継ぎが絶妙で、バスの到着予定が14:30で、高速船の出発が14:50。バスセンターと洲本港の間は、地図で見る限りでは徒歩5分ほど。とはいえ初めて行く場所ですし、チケットを買ったりなんだりしていたら、20分なんてあっという間です。

 「実はヤバイんではないか!?」
 田舎のバスというのは、人の昇降が少ないので、早着することはあっても、遅れることは滅多にないのです。それなのに。

 終点2つまえの洲本ジャスコの前で、すでに14:38。
 終点の洲本バスセンターに着いたときには14:40を回っていたはずですが、時計を確認する余裕もなく、ひたすら猛ダッシュ!

洲本港チケット売場パールラインチケット

 息が上がってハァハァゼェゼェ言いながら券を買うのも何なので、港の建物に着いてからは、走るのを止めて競歩気味の早歩き。

 「すいませーん、関空行き一枚お願いします」とカウンターのおじさんに言ったら、
 「往復ですか?」と返されます。
 「いえ、片道でいいです」というと、怪訝そうな顔をされます。

 そりゃ、ほとんどの乗客は洲本近辺の住民でしょうから、ふつうは割引の効く往復を買いますよね。このパールラインで関空へ行きながら洲本に戻ってこない客なんて、滅多にいないに違いありません。

 で、結局は券売機で購入。片道2,500円は、この日のチケット最高額。

 無事に乗船券を手に入れ、出航まではあと4分。
 お昼ご飯がカップラーメンだけだったので、この期に及んで小腹が空いてきました。ターミナルビル内に喫茶兼売店があるのですが、どうやらすでに閉店後。もはや周囲のお店を探す余裕もなく、荷物を担いで高速船に飛び乗ります。

パールブライト2パールブライト2船内

 神戸に戻った後で知ったのですが、この航路は津名-関空間の高速船が廃止された後、淡路側の寄港地を洲本に移して運行継続したものだそうです。
 洲本から関空に行くなら、大阪経由のバスよりも直行の高速船の方が有利には違いないのですが、洲本市の人口は5万1千人ほど。船便を維持するだけの航空需要はなかったのでしょう。

 就航船「パールブライト2」は、船内もきれいで、乗り心地もまずまず。車内の騒音、振動はバスに乗っているのと大して変わらない程度です。乗客が15人ほどなので、船内もゆったり。……と、喜んでいる場合ではなく、この利用状況のため、2007年3月末での運行休止が発表されています。

パールブライト2ウォータージェットフェリーせんしゅう遠望

 船からの景色は、南海淡路フェリーと大体おなじようなもの。大阪湾の地図を見れば分かりますが、洲本と津名はそれほど離れていない上、関空と泉佐野も同じような場所ですから、自然、航路も似たようなものになります。
 南海淡路フェリーの「フェリーせんしゅう」とは、この日3度目のすれ違い。

 船体の低い高速船は、窓に潮飛沫が着いて、外の景色を撮るにはあまり向いていません。南側の席で日向ぼっこしながら、ゆったり関空を目指します。

関空港のパールブライト2関空PT-旅客T連絡バス

 すこしウトウトして、気付いたら関空の2期工事の島が目の前にありました。関空港に降りると、西日を浴びたパールブライト2がなかなか格好良くたたずんでいます。
 ここから関空旅客ターミナルまではバス移動。このバスの運賃は片道2,500円に含まれているのだそうです。折から神戸発の高速船も同時に接岸していて、2隻分の乗客を乗せたバスは、一路ターミナルビル目指して走り出すのでした。
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2007年01月14日

大阪湾周遊(南海淡路ライン)

 大阪湾周遊(ジェノバライン編)からの続きです。

 淡路・津名港から大阪の泉佐野までは、南海淡路ラインで往復です。
 淡路島と大阪府下を、大阪湾の真ん中を突っ切って結ぶ短絡ルートなのですが、明石海峡大橋開通の余波から逃れることは出来ず、2007年1月末での休止が決まっています。つまり乗ることが出来るのは今月いっぱい。

津名港フェリーターミナル大阪湾クルーズ乗船券

 淡路交通路線バスの「フェリーセンター前」バス停で下車。そこから10分弱歩くと、南海淡路ラインの津名港フェリーのりばです。ただしバス停からの案内表示はないので、ちょっと戸惑います。地元の人は車で港に乗り付けてしまうのでしょう。

 今回使ったのは「大阪湾クルーズ乗船券」という企画乗船券で、行った先で下船できない代わりに、片道分の運賃で往復乗船が出来るという、船に乗ることだけが目的のチケットです。
 ところが津名港のカウンターには、このチケットの案内がないのです。窓口の人に訊いたら、机の引き出しから出して売ってくれました。淡路側から、わざわざ船だけ往復する物好きはあまりいないのでしょうね。

フェリーさざんコンテナ船と離合

 今回当たった船は「フェリーさざん」。全長69.7m、幅14.5mというサイズで、明石海峡のたこフェリーと似たような大きさです。就航は1991年で、船齢16年。ベテランの域に入ってきたというところでしょうか。
 船内はイス席と、後部にカーペット敷きのマス席があります。マス席は主に夜行便の仮眠用。もちろん昼間も寝ている人がいます。屋上は展望デッキになっていますが、この寒い中、始終外に出ていたのは私一人だったのは言うまでもありません。

 10:10、津名港発。
 大阪湾内は波も穏やかで、このクラスの船になると目立つ揺れは感じません。一度、急に転蛇して何だろうと思って前を見たら、大きなコンテナ船が前を横切っていました。
 西に淡路島、北に神戸市街と六甲の山。東は泉州の陸に、南は友が島。大阪湾の真ん中を走っているのですが、四方に陸地が見えていて、あまり海という気がしません。気が付けば北西には明石海峡大橋も見えています。まずまずの透明度。

明石大橋とさんふらわあ関空を離陸するジャンボ機

 そうこうしているうちに関空が間近に見えてきました。5分程度ごとに離発着が見えるので、見ていて飽きません。関西では今や珍しくなったジャンボ機もここでは健在。

空港連絡橋をくぐる泉佐野港到着

 空港連絡橋は意外に低くて迫力があります。
 長旅を終え、11:45、泉佐野港到着。でも下船できない私は、そのまま津名へ引き返します。

 12:00泉佐野港発。デッキに居続けて身体がすっかり冷え切ってしまったので、帰りはぬくぬくと船内で過ごしました。食堂のない船なので、お昼ご飯は船内でカップラーメン。美味いんです、これが。売店で弁当を売っていたのですが、それに気付いたのはラーメンをお腹に納めたあとでした。ラーメンもいいけど、コメのご飯、食べたかったなぁ。
 イス席でうとうとしているうちに、13:35津名港着。

津名港高速船桟橋跡淡路交通路線バスチケット

 津名港フェリー乗り場から、津名港バスターミナルまでは1.5kmほど。連絡バスがあるのですが、乗り継ぎに余裕があったので散歩しました。
 午前中見たのと同じ景色を眺めながら、ふと自分は何をしているのだろうという疑念に駆られます。だって、移動手段が目的の旅って、ねぇ。

 津名港からはかつて関空行きの高速船もあったのですが、利用者が少なく、すでに廃止。南海淡路フェリーが撤退すると、津名港は旅客扱いのない港になってしまいます。バスターミナルの裏手には使われなくなって久しい高速船の桟橋がひっそり浮かんでいました。

 次の目的地、洲本港まではふたたび淡路交通の路線バスで向かいます。津名港のバスターミナルでは、なんと路線バスのチケットを販売しています。高速バスならともかく、路線バスの切符なんて初めて見ました。
 14:13、定刻より1分遅れでバスが発車します。海岸沿いの道で、眺めは抜群なのですが、それにもまして強力な睡魔がおそってきます。バスの暖房が絶妙に眠気を誘うのです。あぁ。
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大阪湾周遊(ジェノバライン編)

 前々に計画だけ立てていた大阪湾周遊、ついに決行しました。

ジェノバ岩屋航路ターミナル岩屋航路ジェノバロゴ

 明淡高速船から経営を引き継いだ淡路ジェノバラインの岩屋航路で、8:20明石港を出港。明淡高速船のターミナルは、建物もそのままに看板だけが付け替えられています。窓口は無人化されましたが、料金は大人片道500円→400円に値下げ。赤字航路を引き継いだのに、チャレンジャーな会社です。

 船はいつもの「まりーんふらわあ2」。同じ航路ながら、播淡聯絡汽船→明淡高速船→淡路ジェノバラインと、会社だけが3度も変わってしまった珍しい船です。こちらも旧会社のマークの上に「ジェノバ」のロゴが書き込まれていました。

 明岩航路は生活航路なので、乗客のほとんどは地元住民です。船の2階は快適なオープンデッキなのですが、この冬の最中に潮飛沫を浴びようという酔狂な客など、他にいようはずがありません。岩屋に着くまでデッキは貸し切り。気分爽快な日曜の朝です。風が弱かったので、思いのほか寒くはありませんでした。

岩屋港ジェノバライン淡路交通バス

 13分の乗船で、定刻通りに岩屋港着。
 27分の待ち合わせで、淡路島の東海岸を縦断する淡路交通の路線バスに乗り継ぎます。9:00ちょうどに岩屋発。目指すは一路、次の目的地の津名港です。
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2007年01月13日

地学部

 先日、久々に母校の高校のサイトを訪ねてみたら、部活動紹介の欄から地学部が消えていました。高校時代の居場所だっただけに、残念でした。

 「地学部」といいながら、天文部とほぼ同義の活動をしていたのですが、これは当時の高校理科の4科目――物理・化学・生物・地学――から名称を取った為でしょう。私の母校には他に生物部があり、こちらは当時、熱心な先生と優秀な生徒が揃っていて県の科学コンクールの常連でした。

 地学部の方はといえば、1年次にさっそく入部したものの、新入部員の私がいちばん星に詳しかったという状態で、なんともゆるやかな部活でした。「毎日の黒点観測」や「流星群観測の合宿」を想像していた私にとっては、ちょっと拍子抜けでした。

 顧問の先生ものんびりした人で、部室に顔を出したのを見たことがありません。地学の先生がそのまま部活の顧問を宛てがわれてしまったということで、有り体に言えば部活の指導をする気が全くなかったわけですが、それでも学期に一度の合宿に付き合ってくださったのは、今となってはそれなりにありがたかったと思います。

 この合宿というのが大したもので、遠征などはしたことがなく、いつも学校敷地内の合宿所に泊まり込み、校舎の屋上に望遠鏡を並べて星を見るだけというもの。もっとも人口3万人台の田舎町でしたから、天の川は見えずとも、それなりにきれいな星空でした。
 ただし、それは晴れたときの場合。合宿の計画を立てるたびに雨に降られ、台風に襲われ、私の先代の部長は「台風女」の称号を奉られる始末。結局、高校3年間で、晴れたのはただの一度だけという恐るべき曇天率でした。

 先輩も同級生もすべて天文初心者なので、観測よりも観望中心、それも初めて望遠鏡を覗くような人でも比較的分かりやすいような天体ばかりを選ぶことになります。

 曇った合宿でなんで観望かというと、地学部の合宿は曇るのですが、他の部の合宿に潜り込んでいたのですね。例えば電波部。アマチュア無線をやっている部活ですが、ここは年に2回、24時間以内に何局と更新できたかを競うコンテストに参加していて、そのための合宿があるのです。アンテナの調整という名目で屋上も解放してもらえるので、夕方こっそり、望遠鏡も移動しておくのわけです。
 文化部なんかいくつ掛け持ちしようが構わないので、4つも5つも籍を置いていました。

 太陽黒点の観測という名目でも昼休みに部室に集まっていましたが、肝心の観測はさっぱりで、結局、弁当を食べていただけのような気がします。

 思い出すに、のどかな高校生活でした。
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2007年01月11日

有馬温泉

有明泉源 連休中に友人たちと行ってきました。
 写真は有明泉源。
 今でこそ「金泉」と称してありがたがっていますが、煮えたぎるドロドロのお湯に最初に浸かった人は、勇気があったと思います。
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2007年01月10日

塩屋駅改札問答

 JR塩屋駅の窓口は、7:00〜10:00、13:00〜14:00、18:00〜21:00、22:00〜23:00の間だけ開いています。昼間は職員が改札外に待機しているのですが、早朝・深夜は無人駅になります。

 そんなわけで、塩屋駅から早朝、青春18きっぷで旅立とうとすると、前日のうちにきっぷを買っておかねばなりません。昨年末のお話。

 そして早朝、改札の前で途方に暮れることになります。
「どうやって自動改札を通るんだ!?」

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2007年01月04日

月に願いを!

 SELENEのキャンペーンに応募しました。
 今回は家族の名前も一緒に載せてもらいました。
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