塩屋天体観測所の雑記帳はhttp://stelo.sblo.jp/に移転しました。
今後はこちらの旧サイトを更新しません。引き続き移転先でよろしくお願い致します。
(2015.5.22 管理人 記)

2009年02月28日

2009年2月の読書

石田五郎『天文屋渡世』
今尾恵介『日本の地名・都市名 これだけ知っていれば面白い』
ケン・オールダー『万物の尺度を求めて―メートル法を定めた子午線大計測』
兵庫県立人と自然の博物館「六甲」研究グループ編『自然環境ウォッチング「六甲山」』
盛本昌広『軍需物資から見た戦国合戦』

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2009年02月22日

コルキット・ダークサイド仕様

 ある天文ファンが、天体望遠鏡を落として困っていました。すると時の神様が、両手に天体望遠鏡を持って現れ、こう問いかけたのです。

 「お前が落としたのは、この紙のコルキットか? それとも金のコルキットか?」

 欲にくらんだ天文ファンは思わず「き、金のコルキットです」と答えました。

 時の神様は「このウソつきものめ!」と怒って、その天文ファンをダークサイドに堕としてしまったのでした。

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posted by ふくだ at 23:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 機材 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

尼崎城(兵庫県尼崎市)

 尼崎は戦国期から城郭があり、荒木村重の反乱の際には伊丹城(有岡城)とともに最後まで荒木方の拠点でした。
 大坂夏の陣ののち、1617年から近世尼崎城の築城が始まり、三重濠に総石垣の豪快な城郭が完成しました。本丸は方形で、北東隅に四重の天守閣、残りの三つの隅には三重櫓を構え、多聞櫓で連結するという厳重さ。城地の南側は海に面し、水城ともいうべき構えでした。
 尼崎藩は江戸時代を通じて5万石前後の小藩でしたが、大坂城防衛の重要拠点として、尼崎城が幕府から重視されていたことがうかがえます。

 これだけの近世城郭が、明治以降、全ての遺構を失ってしまいます。

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塚口城(兵庫県尼崎市)

 塚口城は浄土真宗の塚口御坊(現在の正玄寺)を中心とした寺内町でした。集落の周囲を堀と土塁で取り囲み、町ぐるみの防衛機能を持っていました。

 織田信長に属していた荒木村重が反乱を起こした際は、はじめ荒木方の拠点として、のちに有岡(伊丹)・尼崎を攻める織田方の前線基地として使われました。江戸時代には防衛機能は無用のものとなり、放置された土塁が崩れて家屋に被害を及ぼしたことから、土塁を崩して堀が埋められました。

 現在は城域の東〜北側にかけての堀が水路として残っているほか、東町門と清水町門の土塁の一部が残存しています。
 写真は東町門で、神社が祭られている小高い場所が土塁です。

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富松城(兵庫県尼崎市)

 尼崎在住の友人に声をかけ、市内の城跡をいくつか巡ってみました。兵庫県南部の人は城といえば姫路城のイメージなので、私が何を面白がっているのか不可思議だったに違いありません。

 富松城(とまつじょう)は、尼崎市の北部、阪急神戸線の武庫之荘駅から北東へ歩いて15分ほどの場所にあります。
 基本的なプランは方一町(約100m四方)の方形館と考えられてきましたが、その後の発掘調査で外側にも堀跡が発見されました。調査区域が部分的なので、城郭域については180m×150m、200m×150mなど諸説あります。

 現存している遺構は、富松城の西側をかたどっていた土塁と堀の一部。土塁は南北47m、幅10m、高さ4m。土塁の北端は基部から幅が広くなっていて、櫓台だった可能性があります。
 写真は土塁を東側から見た様子。見るからに中世城郭の遺構で、大阪近郊の阪急沿線ながらも、よくぞ開発の手を逃れえたものだと感動すら覚えます。

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2009年02月21日

甲山(兵庫県西宮市)

 甲山(かぶとやま)は六甲山系の東の片隅にあります。溶岩ドームのような形をしていて、古い本にも昭和新山のような溶岩円頂丘とする説明が載っていることもあります。現在は昔は大きな火山があったものが、削られに削られまくって、最後に溶岩の通り道の部分だけが削り残されたものだとされています。
# 甲山の本体は安山岩で、溶岩ドームが出来るほど粘性が高くありません。

 頂上に二等三角点があり、標高は309.21m。といっても、登山口が既に標高200mありますので、20分もあれば登れてしまいます。ただし、道はきつくて段の高い階段なので、身体に来ます。

 このくらいの山でも頂上は気温が低いのか、ケルンの北側はびっしり白く霜が降りていました。

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ルーリン彗星 2.21未明

 0:10頃に自宅の窓から観望。
 10×42双眼鏡で確認。やっとこ6等という明るさ。相変わらず非常に淡い姿。
 17日にはスピカのそばだったのに、もうおとめ座を半分以上通り過ぎています。地球に近づく上に、地球とすれ違うような軌道なので、見かけの位置が動くのも速いです。

 今晩は強烈な冬型で透明度もよいのですが、明日は午前中だけ出勤なので、寝ます。せっかく月もないのに(涙)。

 今晩から国立天文台の「ルーリン彗星見えるかな?」キャンペーンが始まっています。さっそく報告しました。
 世界天文年の「http://star2009.jp/」もお忘れなく。
posted by ふくだ at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 星空観望 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月17日

ルーリン彗星 2.17未明

 2:00頃に自宅の窓から観望。
 夜中に起きて二度寝するか、思い切り夜更かしするか、微妙な時間帯(ちなみに夜更かししました)。南東の空には昇ったばかりの下弦の月。

 ルーリン彗星は、10×42双眼鏡、7×50双眼鏡とも、非常に淡く、そらし目ぎみにしないと姿を確認しにくい状態です。
 10cm屈折で30倍をかけると、コマがやや東西に伸びた姿が見えます。尾は見えません。
 光度はきちんと見積もっていませんが、6等台くらいでしょうか。
posted by ふくだ at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 星空観望 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月15日

「ちきゅう」一般公開レポート

地球深部探査船「ちきゅう」(1)
地球深部探査船「ちきゅう」(2)
地球深部探査船「ちきゅう」(3)

 2009年2月15日に神戸・六甲アイランドで行われた、地球深部探査船「ちきゅう」一般公開の様子です。2006年6月の神戸・大阪での一般公開時の写真も交えて紹介しています。
posted by ふくだ at 23:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 一般公開 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ちきゅう」一般公開

 地球深部探査船「ちきゅう」の一般公開へ行ってきました。
 (ふ)さんと誘い合わせまして、10時にJR住吉駅。たぶん10時半前後に「ちきゅう」の停泊する岸壁に着いたのですが、乗船したのは12時50分でした。
 ……2時間半待ちって、なんじゃそりゃ(汗)。
 この手の一般公開では高松港での南極観測船「しらせ」で60分、神戸港での練習船「海王丸」で40分待ったことがありましたが、ぶっちぎりの新記録達成です。
# しかも乗船時には、自分が並んだときの倍以上列が伸びていました。

 あとで、本サイトの方にまとめをつくります。
 実は、面白い船なのです。

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posted by ふくだ at 21:37| Comment(4) | TrackBack(0) | 一般公開 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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