塩屋天体観測所の雑記帳はhttp://stelo.sblo.jp/に移転しました。
今後はこちらの旧サイトを更新しません。引き続き移転先でよろしくお願い致します。
(2015.5.22 管理人 記)

2012年05月31日

2012年5月の読書

みずもと スペースサイト!「SOYUZ FLIGHT LOG 1967-2011」
宮脇俊三「車窓はテレビより面白い」
宮脇俊三「旅の終りは個室寝台車」

 子どもの頃に乗り物を好きになることがありますが、私の場合は電車と飛行機でした。
 特に電車が大好きで、子ども向けの特急図鑑やブルートレイン図鑑を買ってもらったりしてました。父の親戚が小田急線の沿線で、裏が線路だったので、遊びに行ったときは飽くことなく過ぎゆく電車を眺めていました。小田急線は運行頻度も高く、鈍行から特急まで車両のバリエーションも豊富で、見ていて楽しい路線でした。
# そういえば東武野田線は面白いと思わなかったなぁ。まして関鉄常総線など待ってても列車が来ない。

 今でも、JR神戸線なら走っている電車の形式を識別できる程度には鉄道好きです。でもそのまま鉄道ファンにならなかったのは、私の田舎は鉄道のない街で、鉄道への興味が続かなかったこと。家にはプラレールもあったけど、いつの間にか、いとこの家にお下がりに出されて行きました。
# たしか中学生になるまで一人で切符買ったこと無いです。バスには乗ってましたけど。

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プログレス補給船 1/100ペーパークラフト

 プログレス補給船の1/100ペーパークラフトを作りました。型紙はソユーズと同じくAXM Paper Space Scale Modelsから。説明書はソユーズと共通です。

 ソユーズ宇宙船を貨物専用に改装した設計で、無人で打上げられ、自動で宇宙ステーションにドッキングできます。大気圏再突入能力はなく、ISSに荷物を運んだ後は、廃棄物を詰め込まれて、大気圏で焼却処分されます。主な変更点は、人が乗らないことと(=生命維持装置も不要)、大気圏再突入の装備がないこと(=耐熱シールドやパラシュートなどが不要)で、その分、多くの荷物を運ぶことが出来ます。

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2012年05月30日

ソユーズ宇宙船 1/100ペーパークラフト

 ソユーズ宇宙船の1/100ペーパークラフトを作りました。型紙は安心のAXM Paper Space Scale Modelsから。ドッキング用のクルスレーダーのアンテナなど、一部細かい部品の接着に苦労しますが、説明書も用意されていて(英語だけど見れば分かる)、概ね組み立て易いモデルです。
 ソユーズ宇宙船は1967年に原型のソユーズ7K-OKが打上げられ、以後、ソユーズ7K-OK→ソユーズ7K-T→ソユーズT→ソユーズTM→ソユーズTMA→ソユーズTMA-M(現行)と細かい改良を重ねながら今に至ります。
# この間、アメリカの有人宇宙船は、アポロ→スペースシャトル……あれ!? こちらも2種だけか。

 初代から通算113回の打上げが行われ、この夏に星出宇宙飛行士が搭乗するソユーズTMA-05M号が114回目になります。スペースシャトルは135回飛んだので、実はソユーズの方が回数も打ち上げた人数も少なかったりします。ちょっと意外な感じ。
 1971年のソユーズ11号を最後に、乗組員が死亡する深刻な事故を40年以上起こしていないことから、「信頼のソユーズ」とも呼ばれますが、ドッキングレーダーが故障するとか、帰還時に弾道飛行で激Gがかかるとか、細かいトラブルはちょこちょこ起こしています。それでも乗組員は無事に連れて帰るのが「信頼」の証ということか。
# ロケットが爆発して、カプセルを脱出ロケットで切り離したとか、壮絶な事故も→ソユーズT-10a

 スペースシャトル引退後、ソユーズは国際宇宙ステーションへの唯一の人員輸送手段になっています。
 有人宇宙船としては、中国の「神州」もありますが、こちらもソユーズの技術を元に中国で独自の改良を加えたもの。数年後にはアメリカ・スペースX社のドラゴン宇宙船が有人化される予定ですが、当面はソユーズとその派生型の宇宙船が世界の有人宇宙計画を一手に担うことになります。恐るべしロシア、略しておそロシア。

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2012年05月29日

月沈む(5月26日)

 5月26日の夜は、月が地平線近くまで見えていました。
(写真はクリックで拡大)
 地平線近い月は、大気の吸収で赤い光だけが見え、まるで皆既月食のさなかのような色合いです。また大気差の影響で、形も少し上下につぶれ気味。比較的透明度が良かったとはいえ、それでもかすみがかっていて、クレーターなどは見えなくなっています。

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2012年05月28日

金環日食 雑感

 今回は全国的にまだら模様のお天気。
 皆既日食と違って、金環食は雲越しでも見ることができるので、わずかなチャンスを突いて観望できた方も多かったと思います。逆に運なく、金環食の間じゅう、雲の下だったところもあります(私のことだ)。
 明石でも天文科学館は雲に覆われたのですが、1kmも離れていない中崎小学校ではリングが見えました。ほんと、少しの偶然です。

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サイエンスZERO「金環日食 太陽活動の謎を解き明かせ!」

 NHKでは今回の金環日食をコズミックフロントという番組で取り上げたのですが、これはBSの番組。
 なぜだ〜。2009年の皆既日食は、太平洋上の僅かな島と船上から地上波で中継して、夜に特番も組んだのに。
 本州の人口密集地帯を通過した金環日食で地上波の特番がないだと。

 これは衛星契約を迫るNHKの陰謀に違いありません。でも、もともとさほどテレビ見ないのに、地上波と衛星と二十二受信料払うのは、しゃくなんだよなぁ。衛星だけの契約ってできないかしらん。
# 今年は平清盛とコズミックフロントが見れればいいです。

 それはさて置き、ようやく地上波での金環日食の特集番組が、教育テレビのサイエンスZERO。たぶんコズミックフロントと重複する内容が多いのでしょうけれども、ベイリービーズを用いた太陽直径の測定方法や、3本ある限界線の説明はさすがに分かりやすいものでした。
 再放送は6月2日(土)12:30〜(ひる)とのこと。

 ちなみに番組中でも紹介された日食マップ、私も少しだけテストでお手伝いさせて頂いたので、出てくると嬉しいです。
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2012年05月27日

平清盛・その4 保元の乱

 ついに火を噴いた保元の乱。

 ネタバレ含むので、以下は続きにて。

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ドラゴン補給船、ISS到着

 アメリカのスペースX社の民間宇宙船、ドラゴン補給船が国際宇宙ステーションに到着しました。
ドラゴン補給船の試験フライト C2+(JAXA)

 人員を含むISSへの輸送任務に携わる宇宙船は各種あるのですが、JAXAの呼び分けが面白い。
・ソユーズ(ロシア) ソユーズ宇宙船
・プログレス(ロシア) プログレス補給船
・ATV(ESA) 欧州補給機
・こうのとり(日本) 宇宙ステーション補給機
・ドラゴン(アメリカ) ドラゴン補給船
 有人機が「宇宙船」で、無人機が「補給機」「補給船」なのですが、「機」「船」を何で分けているのやら。

 民間機がISS往還任務を担うことも宇宙開発史上の転機ですが、アメリカとしてはスペースシャトル引退後、久々に自国のISS到達手段を確保した意味も大きいでしょう。

 スペースX社のサイトには、今後の「打上げマニフェスト」が公開されています。
 今回の打上げが最上段の「NASA COTS 2/3」ミッションで、2011年に計画されていたものが延期されて今になったもの。なので、今後も遅延や計画変更はありうるのですが、年に2〜3回のISS補給ミッションがあります。日本のHTV(こうのとり)は年1回のフライトなので、あっという間に経験値で抜かれます。
 さらにドラゴンは3年後の有人飛行を目指すとのこと。カプセルもそれを前提に開発されているので(ページ中ほどに7人乗り有人型の構想図)、多少の遅れはあるかもしれませんが、やるでしょう。
 アメリカの底力を改めて見る思いです。そしてまた地球周回軌道に民間機が当たり前に往還する時代がそう遠くないことも。

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posted by ふくだ at 14:43| Comment(0) | 宇宙開発/宇宙科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月24日

狭山陣屋(大阪狭山市)

 狭山池の東岸に、河内狭山藩の狭山陣屋がありました。上屋敷・下屋敷の2つがあり、両方とも現地に遺構は残っていません。
 上屋敷は道沿いの小公園に石碑と案内板が立っています(今回は未訪問)。下屋敷は狭山遊園地となり、閉園後は公園とマンションに。写真のやや右寄りに立つ高層マンションのあたりがおよその陣屋跡です。

 河内狭山藩は1万1千石の小大名。領主は北条氏で、戦国時代に関東の覇者となった小田原北条氏(後北条氏)の後裔です。
 豊臣秀吉の小田原攻めで降服した北条氏は、当主の北条氏直が高野山に配流。後に許されて1万石を与えられますが、早くに病死。叔父の北条氏規が跡を継いだのが河内狭山藩の祖となります。
# 北条氏直は徳川家康の娘婿だったことも、小田原開城時の助命につながりました。

 というのは、帰宅してから調べたことで、まさか戦国関東の雄の北条氏が、大阪の一角で生きながらえていたとは思いませんでした。

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posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | お城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本最古のため池・狭山池(大阪狭山市)

 現存日本最古のため池は大阪府にあります。大阪狭山市にある狭山池。古事記の垂仁天皇の条にも名前が出てきます。
次印色入日子命者、作血沼池、又作狹山池、又作日下之高津池。
 垂仁天皇は在位が紀元前29年-70年という伝説上の人物ですが、狭山池の築堤で発掘された木樋の年輪測定(616年の採伐)などから7世紀前半に造られたため池ということが分かっています。推古天皇や舒明天皇の頃で、この頃に活躍した有名人は聖徳太子や蘇我入鹿・蝦夷あたり。

 狭山池は土堤を築いて、小川をせき止めてため池にしています。現存日本最古のダムです。
 堤体は後代に改修が重ねられて大きくなり、飛鳥時代の土堤はすっかり中に埋もれていますが、古墳のようなモニュメントでなく、産業に関わる構造物が1400年近くも現役なのは驚きです。

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posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 地図と地理と遠出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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