10月25日、花北観望会の日に姫路城に登ってきました。姫路城は2009年秋から大規模な補修工事が始まっています。天守閣に覆屋がかけられるのは2010年の花見シーズンの後なので、今しばらくは従前どおりの姿を見ることができますが、今のうちに見ておきたい場所があったので、足を運んでみました。
姫路城の登り口は2ルートあります。一つは赤線で示した正面からの経路。通常の見学コースは、これに西の丸と上山里丸を加えた部分を歩きます。もう一つは緑色で示した搦手(裏門)からのルート。姫路市美術館の脇から濠を渡り、最短コースで天守直下に達します。
実はこの搦手側が、今回の補修工事の資材搬入路として使われるため、搦手登閣口は11月15日から通行不可になります。しかも解除されるのは、全工事が終わる2015年3月の予定。つまり今を逃すと次に搦手口から登城できるのは5年半後になります。
ということで、今回は搦手口狙いで行ってきました。
(写真はWikipediaの画像(元は国土画像情報(カラー空中写真))を加工)
こちら喜斎門。建物はなく、石垣だけが残っています。搦手の内濠を守る門です。ここが工事期間中の資材の搬入路として使われるようです。有料エリアの外ですが、補強工事が行われるため、11月15日から2009年末まで通行止めになります。





森の中の石段を登ると、突如、両脇から石垣が迫ってきます。三方を櫓・狭間に囲まれて、もれなく包囲殲滅の構えです。やっと天守が見えたところでこの仕打ちとは、厳しい縄張りです。
石垣の谷底を抜けると、「との二門」。門の内側まで急な石段が続きます。しかもこの先で左に直角に折れてます。嫌がらせとしか思えません。いや、そのために作ってあるのですけれども。
「との二門」を突破して、石段をあがると、左上方に「との一門」が見えてきます。最後の最後で櫓門。しかも、この高低差。君は生き延びることができるか!?


「との一門」は、白壁ぞろいの姫路城の中では異彩を放つ板張りの建物。秀吉が置塩城から移築したものという伝承があります。古風な雰囲気が何ともいえません。
登りきったところで、天守の南側、備前丸(本丸)から、ほら貝の音が響いてきました。なんだと思って行ってみると、鎧兜の武者が勢ぞろい。直江兼継公までお出ましなんですけど、いつの間に米沢から播州まで。この項、気が向いたら続くかもしれません。





私は姫路城に何度も登閣しましたが(と言っても10数回程度でしょうが)搦め手は知りませんでした。
是非行ってみたいですが今は色々と制約があるので、大修理が終わった後にしましょう。
前回の大修理が行われる前に、お祭り(祭の名前は忘れましたが)があり沢山の人が集まりましたが、今と違って輸送力が乏しいので大変でした。
山陽電車の特急(3両か4両)が1時間に1本か2本。国鉄はSL列車(姫路まで電化したのは工事開始後でした)が1時間に一本以下。従ってものすごい混雑で、蒸気機関車の缶の前なんかにも一杯人が乗っていました。今ならそんなところに乗るなんてあり得ないですが。
昭和の大修理も戦後のことなので、びっくりするような昔話ではないはずですが、SLが走っていたと聞くと、なんだか遠い時代のことのような気がしてしまいます。今では新快速も山電の特急も1時間に4本ですから、隔世の感があります。
そのすぐ下を通ったことは何度かありますが。
姫路城は南から見る姿が一番有名ですが、見る方角によってがらりと変わります。
明日にでも登ってみましょう。