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(2015.5.22 管理人 記)

2011年01月03日

「天地明察」紀行

 2009年に刊行された冲方丁の『天地明察』。江戸幕府の初代天文方、渋川春海の半生を描いた剣戟皆無の時代小説です。

 写真は渋谷の金王八幡宮。物語の冒頭、渋川春海が和算の問題が記された絵馬を見に行く神社です。渋谷駅から徒歩5分という街の真っ只中ですが、江戸時代の渋谷はお江戸の街外れで、ここから先は田園地帯でした。

 御神輿を収めた宝物殿のような建物に、算額が3点、展示されていました。算額は数学の問題や解き方を記して神社仏閣に奉納したもの。当時は人が集まる場所といえば寺社ですから、一種の公開競技みたいなものでしょうか。

 ところ変わって、上野は国立科学博物館に展示されている、渋川春海作成の地球儀と天球儀。展示されているのはレプリカですが、本物は国指定重要文化財。このレプリカ、2010年の春から夏にかけて、明石市立天文科学館で出張展示されていました。ちなみにこの間、科博では本物が展示されていたそうです。
 右写真は春海が制定した貞享暦に基づいた暦。それまで日本の暦は中国から輸入したものをそのまま使っていたのですが、渋川春海はこれを初めて日本人の手で編纂したのでした。展示されているのは春海の没後の享保14(1729)年版。春海の定めた貞享歴は70年間使用されます。

 そういえばコスモプラネタリウム渋谷の展示室にも渋川春海がつくった星図「天文分野之図」が展示してありましたっけ。こちらは年末年始休館中で今回は駅前からドームを仰いだだけ。

 渋川春海のお墓は、品川・東海寺にあります。墓地はお寺から少し離れていて、「東海寺大山墓地」として案内されています。
 しかし沢庵和尚に賀茂間渕とは、高校日本史クラスの有名人がたくさんいる墓地です。

 こちらが渋川春海の墓。案内板がなければ見落としてしまいそうな普通のお墓です。品川区指定史跡。
 森本おじさんの『科学とりもの帖』というエッセイ集の中に、この東海寺の渋川春海のお墓を調査に行く話が出てきます。もっともおじさん、JRが遅れて調査には参加できなかったのそうです。
 墓のすぐ裏手は東海道新幹線の線路。下りの線路とは数mしか離れていません。新幹線に乗るたびに、それと知らずに春海の眠るすぐ側を通り過ぎていたことになります。


posted by ふくだ at 23:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 地図と地理と遠出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あ、いったんですねーー!
Posted by ワタナベヨシヤ at 2011年01月07日 01:32
ご提案いただき、ありがとうございました。
おかげで楽しい東京散策ができました。
ふつうの神社仏閣巡りのはずが、どうしてこうも天文漬けに……

渋川春海の星図「天文分野之図」は、大阪の科学館にもあるのですね。
http://www.sci-museum.jp/server_sci/map/exhibit/4_9.html#1
Posted by ふくだ at 2011年01月07日 07:24

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