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(2015.5.22 管理人 記)

2013年04月27日

菅野松男さん講演会「新しい星をさがして30年〜新天体発見3冠達成までのみちのり〜」

 菅野松男さんは明石市立天文科学館の元副館長で、アマチュア天文家としても新天体の発見に取り組まれています。
 これまで変光星(V1143Ori (通称)菅野天体)、彗星(C/1983 J1 菅野・三枝・藤川彗星)、新星(1987年ヘルクレス座新星 V827Her、1991年ヘルクレス座新星 V838Her、1993年いて座新星 V4327Sgr)、小惑星(15個=川西浩陽氏、野村敏郎氏との共同観測)、と数々の新天体を発見してきました。
 2013年3月には超新星(SN2013am)を自宅の観測所で発見。あっという間に情報が駆け巡り(私は出張先で知りました)、発見の10日後には神戸新聞の夕刊に一面で紹介されました。
# 天体発見「3冠」達成 天文一筋30年、加古川の菅野さん(2013.3.30神戸新聞)

 前半は少年時代にガリレオ式の望遠鏡を自作して星を眺めた話から、直近の超新星発見の経緯へ。
 2008年から超新星の探索に取り組まれている菅野さん、日本の第一人者である山形の板垣公一さんにレクチャーを受けながらスタートしたそうです。
 板垣さん曰く「一に天気、二に望遠鏡」。既に81個もの超新星を発見し、ネットでは敬意と嘆息混じりで「また板垣か」とつぶやまれる板垣さん。日本海側に拠点を設けているため冬の間は曇天続きで、「(晴天率のよい)瀬戸内ならもっと見つけられるのに」とおっしゃっていたとか。

 超新星は系外銀河の写真を次々に撮影して、過去の画像と比較して、爆発して明るくなっている星がないかどうかを調べます。菅野さんは自宅のベランダ観測所で、26cm反射+冷却CCDの組み合わせで観測を開始しますが、なかなか成果が出ません。
 当初使った中古の望遠鏡はギアが傷んでいたのか導入の精度が今ひとつだったとか、ノイズと新天体の見分けがつきにくかったとか。菅野さんが観測して、その日は何もなかった銀河に、2日後に板垣さんが超新星を発見したとか。

 2012年秋より、望遠鏡を口径の大きな35cmシュミットカセグレンに換装。口径が大きければそれだけ暗い天体を捉えることが出来るので、より発見に近づく可能性が高まります。
 昨年末のことですが、展示解説ボランティアの担当で天文科学館に行った時、たまたま菅野さんが35cm鏡の試写画像を持ってこられていて、観測仲間の方々と露出時間や何やらを議論されてるのを隅で聞かせて頂いたことがありました。こうやって観測の方法を煮詰めていくのか〜と興味津々で見ていたのですが、それから3ヶ月後の発見の報。

 今回のSN2013amが出現したのは、しし座にあるM65という銀河。
 プリントした発見写真を講演会の客席で回覧したのですが、南北に伸びた銀河の光芒の淡い腕の部分に、ポツリと光点一つ。銀河そのものは小望遠鏡でも見える明るさで私も何度か見たことがありますが、超新星の発見光度は15.6等で、これは眼視ではとても無理。
 発見日の3月21日は日本天文学会の年会中で、前年中に新天体を発見した方々に表彰が行われていました。
 「だから(ライバルの)他の人たちが観測していなかったんですよ」と笑いながら語る菅野さん。軌道計算者としても知られる中野主一さんに連絡し、アストロアーツの門田健一さんが確認観測。3月23日に広報されました。



 菅野さんは1970年代から新彗星の発見を目指して観測を始めたそうです。
 はじめて発見した天体は、彗星ではなく、変光星。1982年12月12日にオリオン星雲付近を撮影した写真から既存の星図にない星を発見し、新変光星であることが分かりました。「V1143Ori」と名付けられたこの星は、その後の観測で、おうし座T型星という生まれたばかりの星の仲間に分類されています。
 当時はフィルムカメラの時代で、撮影したフィルムを引き伸ばし機にかけ、写真星図の上に投影して、未知の天体が写っているかどうかを調べたそうです。
# これも発見写真と探索用の星図を見せて頂きました。

 翌年の1983年。星仲間が菅野さんの新変光星発見の祝賀会を開いた日に、ちょうどIRAS・荒貴・オルコック彗星(C/1983 H1)が見頃になっていました。宴席ではあるのですが、みんな彗星が気になって仕方がありません。そこそこに切り上げて車に分乗して彗星観測へ向かったのでした。この時、会計を担当していた仲間を置き忘れてしまったのですが、携帯電話のない当時のこと、現地に着くまで誰も気付かなかったそうです。
 「一人だけ置いてけぼりにして、ひどいやないか」ということで、翌5月9日、菅野さんとそのご友人でもう一度、IRAS・荒貴・オルコック彗星の観測に出かけます。ひと通りの観測を終えて仮眠、相変わらず彗星探索を続けていた菅野さんは、翌朝未明に早起きして、東の空が開けた場所に移動して、望遠鏡を空に向けます。
 そこで発見したのが、菅野・三枝・藤川彗星(C/1983 J1)。アンドロメダ座の方向に7等星で見えていたそうです。
 スライドで紹介された発見スケッチは、「よほど慌てていたのか」菅野さん本人も書かれた字の判読に悩んでいるご様子。逆にそれで当時の興奮が伝わってくるようでした。

 ちょうどこの頃が、私が星に興味を持ちだした時期です。
 本格的に空を見上げはじめる少し前で、残念ながら実際に見ることはなかったのですが、「菅野・三枝・藤川彗星発見」の一報は新聞記事で読んで、日本人による彗星の連続発見と話題になったのを覚えています。
# 当時はインターネットのない時代。新聞記事だけでは空のどこに彗星がいるのか、ぜんぜん分かりませんでした。

 ヘルクレス座の新星2つは写真からの発見。
 撮影の効率を上げるため、あえて固定撮影で撮っていたそうです。
 自身2つめの新星となった1991年ヘルクレス座新星の発見写真は、西はりま天文台公園での撮影。
 当時、天文科学館の職員だった菅野さんは、星の友の会の施設見学会の引率で西はりま天文台を訪問し、その夜は希望者で天文台に泊まっての天体観測でした。持ち込んだ三脚を代わりばんこに使って写真を撮ったりして、帰宅して現像して確認した写真から新星を検出。

 エピソードに事欠かないのですが、菅野さんは「運が良かった」を何度も強調されていらっしゃいました。
 でもそれは「運を逃さない努力」があってこそ。わずかな機会も逃さずに探索するとか、撮った写真をきちんを確認するとか、地道な努力の積み重ねがあるからこそ、運が来た時に逃さずにしっかり捉えることが出来る。

 あとは観測方法を絶えず工夫され続けていること。
 ガイド撮影が当たり前の中で固定撮影で臨まれた新星探索、自宅観測で成果が上がらないとなれば口径をアップして臨まれた超新星探索。過去写真の比較は画像処理ソフトの重ね合わせ機能を用いての効率化。漫然と観測を続けるだけでなく、常に向上を続けられています。

 現在の観測拠点にしている加古川のご自宅は、肉眼では2等星がやっとの空とのこと。
 お話を伺っていると、「すごいなぁ」というだけではなく、「ちょっと自分も何か出来ることあるんじゃない」という気にさせられちゃうのが、天文科学館で多くの天文ファンを育んできた菅野さんらしいです。
 講演会のあとは残ったお客さんで記念撮影大会。
posted by ふくだ at 23:45| Comment(2) | 明石市立天文科学館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>今回のSN2013amが出現したのは、しし座にあるM66という銀河。

M65ではないでしょうか。
Posted by 天文初心者 at 2013年04月28日 18:20
ご指摘ありがとうございます。
M65が正しいです。さっそく修正いたしました。
Posted by ふくだ at 2013年04月28日 20:39
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