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(2015.5.22 管理人 記)

2014年07月06日

軍師官兵衛・その8

第27回「高松城水攻め」
 出典が定かで無いのですが、高松城水攻めの築堤は、工事開始が5月8日、完成が同19日。現在の暦では5月28日から6月8日にあたり(±1日誤差あるかも)、ちょうど工事が終わる頃に梅雨入りすることになります。
 空中写真で見る限り、せき止めた足守川はふだんはさほど水量が多い川ではなさそうなので、気象条件もあらかじめ見越して水攻め策をとったのでしょう。

 ドラマでは怒涛のように水が押し寄せる演出がなされていましたが、集中豪雨でもない限り、実際は少しずつヒタヒタと水位が上がっていったのだと思います。

 工事の最中は兵力の大半を工員に投入して無防備な状態になるのですが、そこはもともと籠城側と攻城側で圧倒的な兵力差があります。また高松城の攻め口が限られているのを逆手に取って、城兵の出撃口に抑えの兵力を置けば妨害工作も安易には出来なかったでしょう。
 季節のタイミングと高松城の地理的条件を組んだ見事な策で、逆に他の城に応用が効くような攻め方ではないとも言えます。
# 水没した範囲はこの間の作物は壊滅でしょうけど、地元の方々は堤防の工賃で元を取れたのでしょうか。

 劇中、高松城が水没した場面の遠景はCGで描いていましたが、城の縄張りがきちんと再現されていて、よく出来ていました。これまで登場した姫路城や有岡城は歴史的な考証よりドラマ的な絵の面白さを優先しているところがあったので、今回の高松城はよい仕事です。

 高松城付近の拡大図。
 本丸の周辺だけ微妙に土地が高いことが読み取れます。
 画面の右下になりますが、水攻めの築堤が山に取りついている部分も遺構が残っているのも分かります。

 高松城本丸付近の空中写真。1979-83年撮影のもの。
 城郭研究者の西ヶ谷恭弘さんが古墳の転用ではないかと指摘されていましたが、たしかに前方後円墳を彷彿とさせる形状です。
 高松城の南西2.6kmのところに国内第4位の大きさの造山古墳があり、さらにその先2kmほどの場所に備中国分寺・国分尼寺の跡があるなど、この一帯は古代から栄えていた場所です。

 ただ古墳は高台や山際に作ることが多いので、高松城のような低地のまんまんなかの立地は少し考えにくいのと、沼地の真ん中に小山を造成する困難さを考えると、形だけでは判断しにくい気もします。



 はっ、備中高松城で盛り上がってドラマの感想になってない……


posted by ふくだ at 23:45| Comment(2) | 読書録・映画録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> はっ、備中高松城で盛り上がってドラマの感想になってない……

いや、ふくださんらしくて・・・・(^^)
Posted by ふくはら at 2014年07月08日 21:40
1/25000の地形図は等高線間隔が10mなのですが、備中高松城の周囲は15mの補助曲線が引いてあるのです。
これは水攻めの範囲を暗に示したい歴史好きの地理院職員の仕業に違いありません。

とか思いながら地理院地図を見ていたら上のような次第に(^_^ゞ
Posted by ふくだ at 2014年07月08日 22:48
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