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(2015.5.22 管理人 記)

2014年07月22日

軍師官兵衛 ・その11

第29回「天下の秘策」
 安国寺恵瓊に信長の死を伝えた官兵衛。
 通説では毛利に信長の死を秘したまま和睦工作を進めたはずですが、おやおやおや。
 しかし恵瓊、官兵衛の「一代の賭け」に乗ります。外交の策士として天下を動かす謀議はあまりに魅力的という解釈。恵瓊は主家の毛利に信長の死を伏せて和睦工作を進めます。

 恵瓊も「乗せられた」だけでなく、彼なりに毛利に利があると見ての判断です。

 羽柴勢はいずれにせよ撤退します。追撃すれば毛利は勝てますが、双方、無傷ではすみません。
 そして何より信長亡き後の中央情勢の不透明さ。
 前線の織田諸将が健在である以上、光秀は遅かれ早かれ謀反人として糾弾されます。日本の歴史は「勝てば官軍」なので光秀と手を組む選択肢もあるのですが、長く対峙して実力も知り尽くしている秀吉こそ「勝算あり」と踏んだのでしょう。ここで恩を売れば、将来の羽柴政権下で毛利が優遇されることも考慮しています。

 小早川隆景も結局は同じ判断をする、と恵瓊は計算したはずです。
 ただ清水宗治の処遇だけは隆景は譲らない。そのため元の五ヶ国割譲を三ヶ国割譲にする代わりに宗治の切腹を隆景に飲ませる。備中・美作・伯耆の三ヶ国はすでに半ば織田の勢力下にあったため、実質的には毛利の本領安堵です。
 信長本軍がくれば全てを失う。しかし清水宗治の命と引き換えの本領安堵、ならば小早川隆景も納得しよう。

 信長の死が漏れた場合、小早川隆景は清水宗治の助命を譲らなかったでしょうし、吉川元春は羽柴勢の追撃を主張したでしょう。和睦交渉が長引いても毛利は失うものがないのですが、秀吉は光秀討伐の鍵となる「時間」を失います。
 恵瓊が官兵衛に「乗った」のはこの部分。恵瓊は秀吉のために、官兵衛のために、策士としての自分のために、清水宗治を犠牲にしたのです。ダークサイド極まりない。

 恵瓊は清水宗治に降伏を勧めに行きますが、これは建前。事実上は宗治への最終通告で、小早川隆景は断腸の思いで恵瓊を送り出したはず。

 清水宗治が自刃したあとで小早川隆景は信長の死を知るのですが、この人も切れ者だから頭の切り替えが早い。
 毛利陣地にやってきた官兵衛をさんざん脅しますが、結局は官兵衛の説得を受け入れます。隆景も官兵衛の賭けに「乗った」のです。乗った以上は是が非でも秀吉に勝ってもらわねばならない。
 「官兵衛、旗を持っていけ」はこの回最高の決め台詞。

 遅れてやってきた吉川元春はあくまで羽柴勢の追撃を主張しますが、これは隆景が説得。毛利の首脳陣が切れ者でなければ、官兵衛の和睦交渉は成立しませんでした。

 羽柴が毛利を騙し通すのではなく、毛利も気付いていながら羽柴に恩を売る展開。
 智将同士の駆け引きで一話を引っ張る傑作回でした。

 羽柴勢の殿軍を申し出る官兵衛。殿軍は退却時に最後尾を担う部隊で、敵の追撃を真っ先に受ける上に本隊は先に退却しているので増援も期待できない危険な任務です。秀吉自身も金ヶ崎の退き口で織田勢の殿軍を務め上げて家中での評価を高めたのですが、それだけに殿軍の難しさを知っています。
 秀吉の「やってくれるか、官兵衛」の表情に、「お主なら任せられる」「死地から生きて帰って来い」という気持ちが伝わってきます。

 毛利の陣で旗指し物が動き、それが攻勢でなく撤退であることを確認して安堵の溜息がもれる黒田陣営。殿軍の緊張感がにじみ出ています。

 いざ中国大返し。
 ドラマでは街道を疾走する羽柴勢の姿が映っていましたが、岡山から京都まであんな勢いで体力が持つはずありません。演出として雰囲気と分かりやすさを取ったのでしょう。
 本能寺の一報からわずか一日で和睦をまとめ、常識はずれのスピードで取って返した羽柴勢に、明智光秀は驚愕するのです。


posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 読書録・映画録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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