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(2015.5.22 管理人 記)

2014年09月27日

西陣・黒田如水邸跡

 西陣は応仁の乱(1467〜1477年)で西軍の総大将となった山名宗全が陣をおいた場所。
 室町幕府8代将軍・足利義政の後継者争いが戦いの発端ですが、戦いの目的が分からなくなるほどグダグダな経過をたどります。京都は灰塵と化し、室町幕府が弱体化して戦国時代が幕を開けるきっかけとなりました。
 現在は「西陣織」の工場が集積する織物の街になっています。この石碑も「西陣織会館」の前に建てられています。

 黒田官兵衛(のち出家して黒田如水)の京都での屋敷跡。
 豊臣秀吉が築いた聚楽第の周囲の武家屋敷街の一角です。
 たまたま街頭の案内図に載っていたので足を運んでみたのですが、石碑の前をうっかり通り過ぎ、地元の人に尋ねてようやく見つけました。町の名前が「如水町」になっています。この南隣が黒田氏の旧姓から取ったという「小寺町」ですが、これは気付きませんでした。

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 清明神社の門脇にある千利休居士聚楽屋敷趾。
 黒田家とはご近所だったことになります。
 聚楽第は現在の二条城の北側、京都御所のほぼ真西に当たる一帯にありましたが、館を譲られた豊臣秀次の失脚後、徹底的に破却されたため、現存する遺構はほとんどありません。


posted by ふくだ at 23:48| Comment(0) | 地図と地理と遠出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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