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(2015.5.22 管理人 記)

2014年09月27日

京都御所・京都御苑

 一般的に京都御所と呼ばれますが、天皇が住んでいた築地塀に囲まれた内裏が京都御所で、その周りの公園が京都御苑です。京都御苑は環境省の管理下で誰でも入ることが出来ますが、京都御所は宮内庁の管理で春・秋の特別公開か事前申込の一般公開のみしか参観できません。

 京都御苑の一帯は内裏を囲む公家町で、出入口には門が設けられ、内裏の外郭的な役割を果たしていました。
 幕末はそれぞれの門を大名家が警護していましたが、有名なのが西側の蛤御門。門を守る会津勢に長州勢が攻撃を仕掛けたのが1864年の禁門の変(蛤御門の変)で、長州は負けて京都を追放され、戦火で京都市街も焼け落ちました。門には当時の弾痕と思われる凹みがいくつも残っています。

 東京遷都の後、主を失った公家町は急速に荒廃しました。このため御所の周囲の公家屋敷を取り壊して公園化したのが京都御苑で、外郭の門もその時に御苑の敷地にあわせて移設されています。蛤御門は30mほど東にあり南に開く門でした。
# 先の冷泉家は少し北に位置していたこともあって、この取り壊しを免れました。

 京都御所の北東は、鬼門除けで角が凹んでいます。魔除けの猿の彫刻があることから猿が辻と呼ばれています。幕末に尊攘派の公家・姉小路公知が暗殺されたのがこの辺り。もっとも当時の御所の塀はもう少し内側に築かれていたそうで、暗殺現場は現在は「塀の中」になっているそうです。
 昔からあるような顔をして、明治以降にあちこち動いて立て直されているので油断がなりません。

 御所正面の建礼門。
 場所が場所だけに格式が高く、天皇と国賓しか通行が許されないとか。
 庶民にはちょっと縁がなさそうです。
# 清盛の子で安徳天皇の生母となる建礼門院はこの門から院号を取っています。


posted by ふくだ at 23:49| Comment(0) | 地図と地理と遠出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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