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(2015.5.22 管理人 記)

2014年12月30日

伝平将門戦死地・北山稲荷神社

 茨城県岩井市(現:坂東市)辺田の北山稲荷神社。
 平将門の乱を記した『将門記』に、将門が最後に陣を張った地を「辛島郡(猿島郡)之北山」と記されています。この「北山」の候補はいくつかあるのですが、その一つが辺田の北山稲荷神社です。

 そんな言い伝えのある場所とも知らずに、子どもの頃に友だちと行ったことがあるのですが、何やら薄気味悪くて、その後は二度と足を踏み入れませんでした。

 本殿の脇に「鎮魂 平将門公之碑」と刻まれた大きな石碑と、板碑を刻んだ小さな石碑が並んでいます。
 小さな石碑の方は、源頼信が将門供養のために建てた板碑が1975(昭和50)年に出土して、それをかたどったものだと記されています。それほどの板碑が現存しているなら県か市の文化財指定を受けていそうなものですが、寡聞にして存じません。

 本殿の裏には丁寧なことに「板碑出土の地」の石碑もあります。
 しかし出土したという板碑はどこへ行ったのやら。どこかで展示されていてもよさそうなものですが。

 この北山稲荷神社、荒れっぷりがただ事ではありません。
 参道にいきなり倒木。帰省先から自転車で向かったのですが、ここから先はやむなく徒歩です。
 鳥居に近づいてもこの藪。季節は冬まっただ中の12月末。夏は一体どうなっているのやら。

 鳥居の周りだけ草が刈り払ってありましたが、鳥居の奥も再び草ぼうぼう。
 そして境内には倒壊したまま放置された石灯籠。

 子どもの頃に薄気味悪いと思ったのも納得。
 真偽の程はともかく、雰囲気だけなら将門終焉の地にふさわしい場所ではあります。


posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 地図と地理と遠出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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