塩屋天体観測所の雑記帳はhttp://stelo.sblo.jp/に移転しました。
今後はこちらの旧サイトを更新しません。引き続き移転先でよろしくお願い致します。
(2015.5.22 管理人 記)

2015年02月11日

神戸三社参り

 神戸で三社参りというと、生田神社・湊川神社・長田神社の組み合わせになります。それぞれ通称は「生田さん」「楠公さん」「長田さん」。湊川神社の楠公さんは、祭神の楠木正成公の楠公から。

 生田神社本殿の裏手にある「生田森」。生田川が大輪田泊・兵庫津の東の防衛線として機能したことから、たびたび戦場となり、平家物語の一の谷の合戦にも登場します。
 柵で囲まれているので保護林になっていると思い込んでいたのですが、ちゃんとゲートがあって中に入れるのでした。今まで知りませんでした。
 保護林どころかきれいに掃き清められて公園のようになっています。

 森のなかを横切る水路がおどろおどろしい色合いで、まるで有馬温泉のよう。なんでこんな色なのでしょう?

 境内にある震災復興記念碑。生田神社は阪神・淡路大震災で本殿が全壊し、現在の建物はその後の再建です。

 2015年の十二支を描いた絵馬。ええと、ひつじ……いや、ヤギ!?
 まあ十二支も国によって選ぶ動物に多少の幅があるそうですから。国際都市神戸なのでその辺りは寛容にいきましょうということで。


 湊川神社。実は明治に入ってから整備された新しい神社です。
 明治政権は「勤王の志士」が作った政権なので、尊王の大先輩とも言える楠木正成は大切に扱われました。
 もっともその以前から楠木正成は大切にされていて、楠公さんの境内の一角には水戸黄門こと徳川光圀が建てた楠木正成の顕彰碑もあります。この時派遣された家臣の佐々宗淳の通称が介三郎で、水戸黄門漫遊記の「助さん」のモデルになったという話。
 写真は本殿の北西にある楠木正成戦没地。あ、あれ、写真が斜めに(汗)

 ところで湊川神社の十二支の絵馬。ひつじといえば普通はこちら。
 (生田神社と長田神社は1月29日撮影)


 長田神社。
 現在は高速長田駅/地下鉄長田駅から長田神社前商店街を抜けていくのがメインの参道になっていますが、かつては新湊川の西岸(新湊川自体が明治の開削ですが)に延びる一直線の道が参道でした。
 商店街から境内に入ると、本殿の斜めからポンと出てしまう形なので、変わった向きに建ってるなと思っていたのですが、実は現在の参道があとから出来たという話。
 (2月11日撮影)

大きな地図で見る


posted by ふくだ at 23:46| Comment(0) | 神戸のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。