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(2015.5.22 管理人 記)

2015年03月17日

神戸大空襲70年(3月17日)

 神戸は西日本の重要港湾で、三菱や川崎重工、川西飛行機(現:新明和)の工場を抱えていたことから、太平洋戦争時には早くから米軍の空襲の目標にされました。
 最初は1942年4月18日。いわゆる「ドゥーリットル空襲」で、太平洋上の空母ホーネットから発艦したB25爆撃機のうちの1機が神戸市内に焼夷弾を落としていきました。アメリカ軍による最初の本土空襲です。

 空襲が本格化するのは1945年に入ってからで、3月17日未明の空襲は市街地の西半分(現在の中央区から須磨区にかけて)を焼きつくしました。妹尾河童さんの『少年H』で描かれているのがこの空襲です。

 神戸は何度も大規模な空襲を受けていて、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』の神戸空襲は2月4日、野坂昭如の『火垂るの墓』に描かれたのは6月5日の神戸大空襲です。一連の空襲で神戸市街は壊滅的な被害を受けました。

 神戸市文書館の「米軍資料に見る神戸大空襲」のサイトに基本的な資料がまとめられています。


posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | 神戸のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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