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(2015.5.22 管理人 記)

2015年04月26日

姫路城

 2009年から6年間に渡って行われた「平成の大修理」が完了した姫路城を見てきました。
 今回の大修理は大天守の外装を全面的に改修したもので、屋根の葺き直しと外壁の漆喰の塗り直しが行われました。天守の保護と工事の足場を兼ねた覆屋が出来た後、2011年3月から2014年1月までは工事の様子を見学できるようになっていました。

・2011年8月 姫路城「天空の白鷺」(前編)(中編)(後編)
・2012年8月 姫路城「天空の白鷺」(2012夏)
・2013年11月 姫路城「天空の白鷺」(2013秋)

 2014年春には覆屋が撤去されて大天守の姿を見ることが出来るようになりましたが、足場の解体や資機材の撤去はその後も続き、大天守内部の公開が再開されたのは2015年3月。
 というわけで、久々に足を運びました。

 天守群遠望。大天守の屋根瓦をおさえる漆喰が塗り直されたため、屋根全体が白っぽく見えます。今回の修理の対象外だった小天守と比べると差は歴然。「驚きの白さ」「白すぎ城」とも言われているようですが、そのうち黒ずんでくるはずです。ちなみに黒ずみの主原因はカビで、漆喰には防カビ剤が混ぜてあるそうですが、これも2〜3年程度の効果。

 菱の門より内側の有料エリアのチケットと別に、繁忙期には天守へ登るための整理券が配られています。整理券そのものは無料で、一日15,000人限定。これは天守の入り口で回収されます。

 入場料は工事後、大人1,000円に改定されました。工事前は600円(工事中は400円+工事施設見学200円)だったので、強気の設定。とはいえ文化財の維持にはお金はかかりますし、姫路城の場合は料金に見合うだけの内容はあると思います。
 私は城郭の構造メインで見学したいので、入城と天守見学を分けた料金設定だとありがたいところ。ただこれをやると天守の前にチケットゲートの追加設置が必要なので、景観も人件費も混雑時の対応も現実的ではないのでしょう。

 改めて姫路城の縄張りをおさらい。
 姫路城は城下町をまるごと囲む外堀と、城下町のうち武家地を囲んだ中堀、城郭中枢部を囲んだ内堀の三重の防御ラインがありました。外堀の南端はJR姫路駅の辺りで、中堀は国道2号線、一般的に城域として認知されているのは内堀の内側になります。


 この内堀以内を描いた明治期の鳥瞰図を加工したのが上図(出典:Wikipedia)。
 赤く着色したのが黒田氏・羽柴氏時代からの城郭域。戦国期の姫路城はこの地方城主の拠点の小さな平山城でした。大天守の建造は後の時代ですが、羽柴氏時代も三重の天守が建っていたと推測されています。
 青く塗ったのが西の丸で、これは大阪の陣ののち、本多忠政が姫路に移った際に整備されたところで、家康の孫の千姫が住んだ化粧櫓があります。これに加えて緑に塗った部分が有料エリアとなります。

 三の丸の建物は失われていて、城主が住んでいた御居城はぼたん園、政庁があった向御屋敷は芝生広場、御作事は動物園の敷地になっています。

 現在の姫路城の基本的な形が出来上がったのは関が原の合戦ののち、池田輝政の城主時代。
 戦国時代も終盤になると、地方を代表する大勢力の争いになるので、拠点の城郭も大軍を収容できる大ぶりなものになっていきます。姫路城の中核部は迷路のような経路で防御の堅さを誇っていますが、建造時期を考えるとやや時代遅れの感があります。もっとも兵站基地の役目は広大な三の丸が担っていたので、中核部は当時の防御技術を注ぎ込めるだけ注ぎ込んで、あえて言えば趣味的に作ったような気がしないでもありません。

 今回は混雑が予想されたので、西の丸はカットして、天守に直行。といってもその迷路のようなルートを通るので、守備兵が配置されていたら生きてたどり着ける気がしません。

 平成の大修理で手が入ったのは大天守の外壁で、内部に大きな変更はありません。
 帰宅して改めて調べて気付いたのですが、天守内部の展示物は撤去され、素の状態を見学するように改められたそうです。そういえば昔は鎧兜などが置いてあったような(西の丸に移されたそうです)。
 これはこれでシンプルでいい感じ。

 天守の内部も敵を迎え撃つ設備がいろいろあるのですが、実際ここまで攻めこまれた時点で負け戦は確定です。姫路城は江戸幕府の親藩・譜代大名が配置され、仮想敵国は西国大名でしたから、仮に負けても最後の最後まで時間を稼ぐことを期待されていたのかもしれません。

 攻め寄せる大軍、じゃなくて押し寄せる観光客。有料エリアに入ったのは9時過ぎでしたが(開門は8時半ですがそこまで早く来るのは無理でした)、天守の入り口と、天守内の階段で何度か待ち時間が発生しました。10時過ぎには二の丸の上の「はの門」まで列が伸びています。おそろしや。


 大天守内部から見た屋根瓦。厚く盛られた漆喰の白さが印象的です。
 大修理前(2009年10月24日)にほぼ同じ場所で撮影した写真と比較すると差が歴然。以前は漆喰が瓦と同じ色合いまで黒ずんでいたのですね。

 大天守の南、本丸に当たる備前丸。かつては本丸御殿がありましたが、明治時代に焼失。現在は広場になっています。ここから見上げる天守の堂々とした姿です。

 この南東角に三等三角点「姫路城」があります。蓋を開けてみましたが、中には丸い穴があるだけ。もしや亡失点、いやまさか、と思ったのですが、後で調べたらこの三角点は地中深くに埋設してあるそうです。標高は45.49mでこれが姫路城のある姫山の標高として紹介されることが多いのですが、実際は天守の下にも岩盤があって、こちらの標高は約52.5mになります。

 備前丸の一段下の上山里曲輪。ここには怪談「播州皿屋敷」で知られる「お菊井戸」があります。井戸の底には小銭がたくさん沈んでいました。神様と考えられているのですね。

 一般的に「城」というと天守を指すことが多いのですが、「城」という字が「土」から「成」る、というように、もともとは軍事施設として堀や土塁を築いたものです。
 姫路城は国宝に指定されている天守群が素晴らしいのですが、城の構え自体もまた素晴らしいものです。今回は大修理の済んだ大天守を中心に回りましたが、落ち着いたらぜひ、縄張りを楽しみながらのんびり見学してみたいです。


posted by ふくだ at 23:45| Comment(0) | お城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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