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(2015.5.22 管理人 記)

2004年08月14日

神戸華僑歴史博物館

神戸華僑歴史博物館 海岸通の神戸華僑歴史博物館を訪ねた。
 前の日に読んでいた、司馬遼太郎「街道をゆく」の神戸散歩に出てきて、ちょっと興味をそそられたのです。

 自転車で塩屋から45分。国道2号線に面したKCCビルの2階に博物館があります。実は仕事でこのビルには来たことがあって、この博物館があることも知っていたのですが、館に入るのは初めてです。

神戸華僑歴史博物館

 ビルの大きな一室を展示室風にしつらえた造りで、正面に「落地生根」の額。
 神戸の華僑の歴史は130年余り、じつは1868年の神戸開港が出発点。
 中国とはつきあいが古いし、兵庫津には平清盛の日宋貿易や足利幕府の勘合貿易の印象もあるから、何百年もの歴史があると思っていたのですが、これは大きな勘違い。江戸時代は鎖国していたから、中国人も長崎にしかいなかったです。
 神戸開港と共に、長崎から移り住んできた人たちが、神戸華僑の元祖とのころ。意外に若い歴史です。

 出発点が明治ですから、ここから先の歴史をたどるのは気が重い。太平洋戦争の終結に至るまで、日本と中国の間にはしんどい話しかないんじゃないかと思ったりします。
 もちろん重たい話ばかりでもなく、辛亥革命に至るうねりの中で、神戸の華僑が担った役割が紹介されていたり、孫文や康有為など、教科書でお目にかかるような人物の足跡にも出会えるのですが、戦時中のコーナーを見ていると、祖国と自分の住む国が戦火を交え、スパイ容疑で検挙されたり拷問を受けたり、あげくに空襲で焼け出されたり、なんとも言いようのないつらさを感じました。

 それだけに最後の「共生共栄の時代を生きる」という展示には、胸の支えが取れるような思いがする一方で、「共生共栄の時代」は、先人たちが築き上げてきたもので、それを守り育てていく使命が私たちの世代に課せられているのだと強く思いました。

 「小さいですけど、内容はすごく充実しているんです」と受付にいた女性の方の弁。確かに、展示物だけでなく「想い」が伝わってくる博物館というのは、とても印象に残るものです。学生が取材で何時間もメモを取っていくことも多いというのですが、この日も中国人の留学生が、熱心に質問を浴びせている姿を目撃しました。

 「垂水に住んでおられるのでしたら、ぜひ舞子の移情閣(孫文記念館になっている)も訪ねてみて下さい」とのこと。実は灯台もと暗しで、しょっちゅう近くを通っている割には、一度も足を運んだことがありません。ちなみに孫文は生前、18回も神戸に足を運んでいたのだとか。

 ちなみに孫文の書も展示してありますが、なんというか、その、素人くさい書風です。


posted by ふくだ at 19:50 | TrackBack(0) | 博物館や美術館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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